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少年Hのいた街【番外編】

 1997年に出版された小説「少年H」は一直線に戦争へ向かう社会と、自由を進んで差し出す大人たちの姿を子どもの目から活写した記録文学としてベストセラーになった。「H」こと、著者の妹尾河童(かっぱ)さんは今年、90歳になった。今も世の中を旺盛な好奇心で観察し続ける河童さんの目に2020年という時代はどう映っているのだろうか。

<少年H>1930年生まれの舞台美術家・妹尾河童さんが97年に発表し、ベストセラーになった自伝的小説。好奇心にあふれた少年Hの目でみた戦時下の暮らしや社会を描く。「H」は妹尾さんの少年時代の名前「肇」の頭文字。

 神戸の街には「もう一人の少年少女Hたち」が確かにいた。この連載は僕にそれを教えてくれた。僕の知らない物語がたくさんあった。外国の水兵が通ったレストラン。そういうものがあったとは。どのエピソードからも「神戸」を感じたし、すべての大人もいつかは少年少女だったんだと、改めて思いだした。

 あの時代を実体験した人たちは「今の若い人は、戦争のことを知らない」と言い残し、次々に亡くなった。当時を語れる人は少なくなった。若い世代に伝わるように話すのが僕たちの責任。僕も今、遺言だと思って、話したい。

 僕の父は「妹尾洋服店」を営む仕立職人だった。住んでいた下町に洋服を仕立てるような人は少なく、主なお客は旧居留地の貿易商や外国人が多かった。父はアメリカ人やイギリス人を「ジェームズさん」「キャンベルさん」と名前で呼び、家族ぐるみで付き合っていた。ある日、ジェームズさんが「日本との貿易がムズカシクなって来たから、アメリカに帰る」と言い出した。他の外国人もどんどん母国へ帰っていった。

     ◇

 まだアメリカとの戦争は始まっていなかったが、外国の言葉や音楽が排除されるようになった。鉛筆の「H」「B」も「硬」「軟」と刻印されるようになった。僕が小学3年生のときに着ていたセーターには「H」と文字が編み込まれていたのに。日常生活の中に変化が現れ始めた。子どもながらに異様なものを感じた。

 今語られる戦争は、空襲の中を逃げ惑った話ばかりだ。しかし、戦争はある日突然始まるものではない。

 戦争が始まる前にも僕たちには…

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