[PR]

 甲子園高校野球交流試合で、15日の第2試合に出場した磐城(福島)では、前監督の木村保(たもつ)さん(50)が試合前のノッカーを務めた。選抜大会出場が決まった時の監督。特別な計らいで、一度は失ったはずの舞台に立った。

 選手と同じユニホーム。背番号はなし。木村さんはバット2本を握り、甲子園の左打席に入った。1本は選抜用に高校野球時代の同期から贈られ、もう1本は監督の時から使ってきたなじみのものだ。

 かつての教え子たちにリズム良く、語りかけるように一球一球打ち込む。規定の7分間を終えると、監督時代同様、本塁を右手で念入りに拭いた。

 ノックは、もうできないはずだった。

 磐城を6年間、指導してきた。モットーは「Play Hard」(何事にも全力で取り組む)。勉強をおろそかにする部員を厳しく叱り、時に感極まって抱きしめ号泣する。熱い姿に、部員たちは「保先生」と呼んで慕ってきた。

 磐城野球部OBの木村さんにとって、甲子園は悲願だった。春夏で計9回出場した古豪だが、自身の現役時代はかなわず、指導者としても夢だった。

 1月、選抜大会に21世紀枠で選ばれた。25年ぶりの甲子園。台風19号の被害にあった地元で、選手たちが泥出しなどのボランティアをしたことが評価された。

 しかし3月上旬、選抜は中止に。同月下旬には自身の異動も発表になった。

 3月末の離任式。終わった後に木村さんは全部員20人をグラウンドに集め、選手一人ひとりにノックした。岩間涼星主将(3年)は泣きながら「最後のノックお願いします!」。木村さんも目に涙をためてバットを振った。

 6月。甲子園交流試合が発表された。驚きだった。木村さんは今、県内の別の学校の野球部顧問で、県高野連によると通常、ノックでの参加は認められない。選抜出場決定時の監督として今回は認められた。

 もう一度、あいつらにノックができる。寝室にしまっていたバットを取り出し、仕事の合間に素振りした。右手にマメができた。

 この日の国士舘戦で、教え子たちは飛球に飛びつき、併殺を取った。木村さんはスタンドで見守った。

 惜敗後に岩間主将は言った。「あんなにファインプレーが出た試合はない。保先生の気持ちが自分たちのプレーに表れたのかな」

 木村さんは目頭を押さえた。「特別な、濃密な7分間を過ごした。本当に色々なことがありすぎた。でも最後はあの子たちがこの舞台に立てたことが何より」

 また地元福島に戻り、高校野球に関わっていく。(飯島啓史)