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(16日、甲子園交流試合 明石商3-2桐生第一)

 甲子園高校野球交流試合で16日に登場した明石商(兵庫)で、エースの中森俊介投手(3年)を支えてきたのは、昨秋から捕手になった名村康太郎選手(3年)だ。捕手になった当初は球を受けるのも怖かったが、プロ注目の右腕をリードする存在に成長した。

 昨年秋、新チームが動き出したころ。いつも通り練習グラウンドに行き、ホワイトボードを見ると、自分の名前が書かれたマグネットが「捕手」の位置に置かれていた。「何かの間違えやろ」

 それまでは遊撃手。捕手の経験はほとんどなかった。狭間善徳監督(56)に肩の強さを見込まれたというが、驚きだった。

 しかも、球を受ける相手は中森君。学年は同じだが「特別な存在」だ。自分がスタンドでの応援組だった甲子園で、中森投手は1年生からマウンドに立っていた。

 捕手になりたての頃は、最速151キロを誇る中森君の球が怖くて仕方がなかった。切れのある変化球も、捕るだけで必死だった。「もう変化球を投げないでくれ」と思ったことさえあった。

 中森君の速球に慣れるため、球速140キロに設定したピッチングマシンを相手にミットを構えた。手は腫れ、痛んだ。本人の球も毎日受けるようにした。1年上の先輩で、昨夏の甲子園に正捕手として出場した水上桂選手(現・楽天)からアドバイスも受けた。

 中森君とは学校のクラスも違う。だが球を受け続けるうちに、中森君の持ち味が分かってきた。速球に変化球を交ぜてテンポ良く投げてもらうために、動画で配球を研究した。「中森の良さを引き出せる捕手になりたい」との一心だった。

 徐々に捕手の魅力も感じるようになった。「自分次第で試合もチームの雰囲気も変えられる」と思った。

 背番号2を背負い、先発のマスクをかぶったこの日の桐生第一(群馬)戦。中森君の持ち味を引き出そうと、強気の配球を心がけた。代走が出て自身は七回にベンチに下がり、マウンドに戻る中森君に「最後だから楽しんでこい」と言った。

 完投勝利をおさめた中森君は試合後、「名村とは苦しい時期も一緒にやってきた。本当にありがとう」と言った。名村君は最後、笑顔になった。「中森は本当にすごい投手でした。キャッチャーをやれて本当に楽しかった」(森下友貴)