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 甲子園高校野球交流試合で、16日に登場した日本航空石川の天羽(あもう)柊人三塁手(3年)は、一度は引きこもり、野球から遠ざかったことがあった。転校とブランクを経て、最後に最高の舞台に立った。

 小学生の頃から野球に熱中した。甲子園を目指し、兵庫県宝塚市の実家を離れて山梨県内の強豪校に入学。だが、野球部内の人間関係に悩んだ。半年後、家族のグループLINEに投稿した。「俺、野球辞めるわ。ごめん」

 実家に戻った。空腹なのに食事はのどを通らない。自分の部屋に閉じこもり、寝るか、スマートフォンを見るだけ。昼夜が逆転することもあった。「人生めっちゃきつかった」。父の誠さん(55)も「ひどく落ち込んでいた」と振り返る。

 中学時代のライバルに連絡をとった。日本航空石川(石川県輪島市)に進んでいた井口太陽君(3年)や嘉手苅浩太君(同)ら。友人たちとLINEでやりとりするうちに、心のどこかにあった「野球がしたい」という思いがよみがえった。

 昨年1月、日本航空石川に転校した。ただ規定で、転校後の1年間は公式戦に出場できない。「また辞めることになってしまわないか」と不安になることもあった。中村隆監督(36)の「諦めずにやったら報われるぞ」という言葉を胸に、黙々と練習を続けた。

 しかし、ようやく出場がかなうはずだった春の選抜大会は中止になり、夏の選手権大会も中止に。やきもきしながら再び実家で過ごしていたが、6月に入り県の独自大会や交流試合の開催が決まった。

 初めての公式戦となった県の独自大会は全5試合で先発出場。優勝に貢献した。

 そして迎えた甲子園。この日、初回の守備についた時、土に指で「絶対勝つ」と書いた。強い当たりに飛びついて送球した。3回巡ってきた打席では、全力で振り切った。

 チームは敗れたが、試合後に言った。「最高に楽しかった」

 これで高校野球は一区切りだ。家族、仲間、監督。多くの人に「ありがとう」と伝えたいと思っている。(三井新)