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 日産自動車が今年6月30日に発売した「キックス」。国内向け登録車としては10年ぶりとなる新車種だ。低迷するシェア奪還を託された、売れ筋ど真ん中の小型SUV(スポーツ用多目的車)。業績悪化に苦しむ日産にとって起死回生の一打となるか? その可能性を試乗で探った。

海外モデルを大幅リファイン

 高級・大型車から火が付いたSUV熱は、いまや軽自動車にまで広がっている。中でも、大きすぎず小さすぎないコンパクトSUVは、トヨタ自動車「C-HR」やホンダ「ヴェゼル」など人気車種がひしめき、今後も伸びが期待されるカテゴリーだ。巨額赤字を抱え、販売減の回復が急務の日産にとって久しぶりの国内向け新車種であるキックスも、ここに真っ向勝負を挑む。

 キックスは日産ファン待望のブランニューモデルだが、海外では2016年から販売している既存車種のビッグマイナーチェンジ版。販売テコ入れのための速やかな投入と開発コストの抑制、生産拠点の集約による経営合理化を優先させた格好だ。

 ただし、国内発売に合わせて内外装は大きくリファイン、快適装備も充実させた。パワートレーンは、電気モーターだけで走る日産独自のハイブリッド技術「e-POWER」に一本化した。4WDやエンジン車の設定はない。

 「マーチ」で実績のあるタイ工場で生産、追浜工場(神奈川県横須賀市)で検査・出荷される。販売面でみると、ユニークな造形で人気だったSUV「ジューク」や小型ハイトワゴン「キューブ」など、国内ラインナップ整理で消滅した複数車種の実質的な後継車となる。

割り切ったインテリア質感

 スタイリングはジュークのように奇をてらわず、オーソドックスで手堅い。世界中で売るグローバルカーという出自もあり、万人受けする普遍的な格好良さを狙った。背の高いSUVならではの表面積が大きいフロントマスクに、堂々としたVモーショングリルが備わり、なかなかに端正だ。

 海外専売高級車ブランドの「インフィニティ」エンブレムを付けてデビューしながら、なぜかマイナーチェンジで旧来の「NISSAN」エンブレムに戻った現行型「スカイライン」は近年の日産の迷走ぶりを象徴していたが、キックスにこのような迷いやためらいはない。

 先日お披露目された新しいブランドロゴは細字で薄味だが、ブランドイメージの浸透には押し出しの強さも重要。日産には腰を据えてじっくり、この迫力あるVモーショングリルを定着させてほしい。

 一方で、国産ライバル車と比べると、内装の安っぽさは否めない。樹脂素材のみで覆われたドア内張りや、金具むき出しで足元に出っ張るシートレールなど、乗員の目につくところに割り切りが散見される。センターコンソール周りに施されたピアノブラック加飾も数年前のトレンドで、仕立てに目新しさはない。高速域での操縦安定性よりもインテリアの質感を重視する顧客が多い国内販売店では、セールストークに苦労するかもしれない。

熟成進むe-POWER

 このクルマを特徴付ける最大のトピックはなんといっても、国内導入を機に新たに積まれたe-POWER。トヨタが先鞭(せんべん)をつけた一般的なハイブリッド車(HV)と違い、エンジンは発電のためだけに用いる。その蓄電によるモーター駆動で車輪を回して走るのがe-POWERの仕組みだ。

 実際に運転してみると、その長所をすぐに体感できる。

 始動からすぐに最大トルクを発揮する電気モーターの特性がもたらす、走り出しのスムーズさと加速の力強さは、ピュアな電気自動車(EV)とまったく同じ。ある程度まで速度が上がるとようやく発電のためにエンジンがかかるが、低速になるとすぐに停止する。騒がしい街中やオーディオ音楽を聴きながらだと、回転音も振動も決して小さくないはずの3気筒エンジンの存在自体を忘れてしまうぐらい、とても静かだ。

 走行モードの切り替えで、強力な回生ブレーキによってアクセルの踏み加減だけで加減速と停止ができる「ワンペダル」運転も可能になる。電車の急減速に似た強い減速Gに最初は戸惑うが、慣れるととても安楽。アクセルとブレーキの踏み間違いもないので安心だ。

 e-POWER自体は量販コンパクトカー「ノート」やミニバン「セレナ」に導入済みで販売も好調だが、細かいチューニングでこれら既存車種よりも挙動を洗練させた。開発担当者によると、エンジンの始動頻度を最小限にしたり回転数を低く抑えたりすることで、より静かでスムーズに走るという。

 また、電気信号で加減速を制御するモーター駆動は、センサーやカメラからの情報でスピード加減を電子制御する運転支援システムとの相性も良い。前走車に追従走行する際の微妙な速度調整も、電気信号でモーター回転数を上下させるだけで済むため、ギクシャク感がなく自然でリニアな挙動になっている。

 このあたりの熟成には、他社に先駆けて10年から販売する量産EV「リーフ」の技術的な蓄積が生きているという。

復活と再生のシンボルに

 日産のカルロス・ゴーン前会長は00年の社長就任当時、海外メーカーに比べて短いモデルチェンジサイクルの見直しと、販売チャンネルの数だけ膨らんだ兄弟車種の整理による経営合理化を掲げていた。

 それでも当初は、生産中止していた「フェアレディZ」を復活させたり独立車種の新生「GT-R」を投入したりと、国内向け車種の充実にも積極的だった。しかし、世界規模での販売台数を重視する拡大路線で海外専売モデルが増え、相対的に国内ラインナップは細っていく。そこに経営陣のゴタゴタも加わり、近年は「シーマ」など往年の人気車種の生産終了が相次ぐ一方、新車発表はめっきり減っていた。

 そうした中でようやく投入されたキックスは、国内発売1カ月で1万台を受注。古くからの熱心な日産党も他メーカーに客を奪われていた販売店も、どちらも新型車を待ちわびていたのだろう。

 日産は、このキックスを嚆矢(こうし)として反転攻勢に打って出る。23年までに12車種の新車投入を予告しており、そのうちの一台は、業績悪化で存続が危惧されていたフェアレディZとみられている。

 その暁には、モーター制御を加速性能アップに全振りした、ハイパワーなe-POWER版フェアレディZをぜひ見てみたい。北米で大ヒットした初代以来、幾度となく日産の経営を助けてきたフェアレディZ。優れた独自技術による高性能版e-POWERモデルをイメージリーダーにすることで、文字通り日産の復活と再生のシンボルになるのではないか。

 いまや、ホンダ「NSX」や伊フェラーリなど国内外のスーパースポーツも次々とHV化している。電動化を経営戦略の大きな柱に据える日産には、e-POWERの強みを生かした本格的スポーツモデル開発に挑んでほしい。(北林慎也)