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 視覚に障害がある人たちが23日、東京・竹芝にオープンするダイバーシティー(多様性)を体感する施設「対話の森」で新しい道を歩き始める。

拡大する写真・図版弱視の佐久間麻理子さん。スマートフォンは文字を大きくして近づけて見る=2019年12月7日、東京都中央区、葛谷晋吾撮影

 「私、障害のことをずっと隠してきたんです」。東京都府中市の佐久間麻理子さん(48)は生まれつきの弱視だ。視野が大きく欠け、見える部分もぼんやりとしか見えない。少し離れると人の顔は「のっぺらぼう」に見える。

 「親が障害を隠したかったのでしょう」。小・中・高と普通学校に通った。周りは見える子たちばかりの中、「見えるふり」をして過ごした。授業では教科書や黒板の字も見えない。「まともに学習できませんでした」。高校受験も「勘で受かった」という。進学した商業高校では「遊んでばかり。荒れていました」と振り返る。

拡大する写真・図版「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の研修に参加した佐久間麻理子さん(右から2人目)=2019年12月7日、東京都中央区、葛谷晋吾撮影

 23歳で結婚。同じく弱視である長男の佑太さん(24)の存在が、「いろいろなことをあきらめていた」佐久間さんを変えた。

 佑太さんが進学した筑波技術大学(茨城県つくば市)は視覚障害者が学ぶ。同級生は視覚に障害のある学生ばかり。「見えないことが普通」の世界で学ぶ佑太さんをうらやましく思った。

 昨年春、近所のパン屋で働き始めた。パンにはさみで切れ込みを入れる作業で、手にはめていたビニール手袋を切ってしまったことに、気付かなかった。「私は役に立たないのかな」。店に迷惑をかけてはいけないと2カ月弱で辞めた。

 それでも長男の学ぶ姿を見ると「働きたい」という思いがあきらめきれない。インターネットで「視覚障害者 仕事」と検索してみた。

拡大する写真・図版白杖(はくじょう)を使って歩く川村真也さん=2019年9月7日、東京都中央区、葛谷晋吾撮影

 東京都文京区の川村真也さん(48)は4年前、全盲になった。

 実家でテレビを見ていると突然気を失った。その後の記憶がない。家族が見つけ、病院へ運ばれ、「即入院、即手術」の状態だった。8時間の手術後、脳から約6センチの腫瘍(しゅよう)が取り出された。

 目覚めると左目はすでに失明していた。右目はしばらくは「ぼんやり」と見えていた。だが手術から約2週間後、右目も全く見えなくなった。医師から「残念ですけど戻る可能性は低いです」と「申し訳なさそうに」告げられた。

 「ショックはなかった」という。脳腫瘍(しゅよう)のほかに水頭症も併発していた。「手術直後は水を抜くため、頭から管が出ているんです。身動きもできませんでした」。「死んでいてもおかしくなかった」という川村さん。目が見えなくなることは「ささいなこと」だったという。医師の宣告の5秒後には「リハビリの先生はいるんですか?」と尋ね、2日後には病院の中で歩行訓練を始めていた。

 2人がたどり着いた場所がある。

拡大する写真・図版白杖(はくじょう)を持った立ち振る舞いなど学ぶ川村真也さん(右から3人目)=2019年9月21日、東京都中央区、葛谷晋吾撮影

 「ダイアログ・イン・ザ・ダー…

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