[PR]

 電波の兵器の研究所、鉱山で重労働を担った中国人や朝鮮人、そして悲惨な空襲……。75年がたっても忘れてはいけないことがたくさんある。その痕跡は、駅前や国道の交差点など身近な所にもある。

本土防衛兵器に1500人動員 朝永も湯川も

 新東名高速を島田金谷インターチェンジ(静岡県島田市)で下りてすぐだった。大井川右岸の牛尾山に強力な電波兵器を研究した戦争遺構、第2海軍技術廠(しょう)牛尾実験所の遺構がある。2015年に河道拡幅工事で多くが取り壊されたが、一部が現在も残る。

拡大する写真・図版今も残る第2海軍技術廠(しょう)牛尾実験所跡。石炭ガス発生室の土台とみられる=2020年7月29日午後4時10分、静岡県島田市牛尾、広瀬萌恵撮影

 現存する遺跡は縦11メートル、横6メートルほどの石炭ガス発生室と縦横約12メートルの変電室の土台部分。もともと島田実験所があり、その分室として設置されたという。場所は民有地で一般の立ち入りはできないが、近くに説明板がある。

 島田実験所遺跡を研究する東京工業高等専門学校の河村豊名誉教授(科学史)によると、島田、牛尾の両実験所ではマイクロ波を照射しB29を撃墜する兵器の開発研究が行われた。電力を大量に使うため、発電所が近く、土地に余裕があるこの地に建設されたという。

 戦況が悪化した戦争後期には、本土防衛に向け電波兵器開発に対する期待を高めた軍が、人員を増員。約1500人が動員される一大事業だったという。計画図も制作されたが、兵器の開発には至らず終戦を迎えた。研究に参加した物理学者の中には、後にノーベル賞を受賞した朝永振一郎氏や湯川秀樹氏の姿があった。

 河村教授は「実験所跡地は軍と…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。