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 旧海軍の輸送艦「浮島丸」が終戦直後に舞鶴湾(京都府舞鶴市)で爆発、沈没し、帰郷する朝鮮人労働者ら500人以上が犠牲になった浮島丸事件から75年となった24日、同市佐波賀で追悼集会があった。

 市民らでつくる「浮島丸殉難者を追悼する会」が1978年に碑を建立し、毎年開いている。今年は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、来賓の参加や京都朝鮮中高級学校(京都市左京区)の追悼歌合唱などを見送り、会メンバーや有志約10人で開いた。

 集会では、全員で黙禱(もくとう)を捧げ、碑に献花。沈没現場をのぞむ海岸から花を投げ入れ、手を合わせた。余江(よえ)勝彦会長(79)は「舞鶴湾で悲しい事件があったことを知ってもらうことが犠牲者との約束だ。今後も集会を続けたい」と語った。

 大阪市から参加した立命館大学大学院生の岡崎享子(りょうこ)さん(31)は「碑を訪れるのは2回目だが集会は初めて。文面だけでなく足を運んで歴史をしっかり学びたかった。私も多くの人に歴史を伝えたい」と話した。(大久保直樹)