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知りたい民間療法(9)

 この連載では、玉石混交と言われる民間療法(補完代替療法)にまつわる情報の見極め方を紹介してきました。広告に使われている言葉の見極め方や、そもそも医療には不確実な部分があるといった点です。では果たして、正確な情報を入手さえすれば、決断・行動の意思決定は簡単にできるものなのでしょうか。今回は、「民間療法を使う?使わない?」という決断・行動の意思決定について考えてみます。

意思決定に悩む場面を考える

 複数の商品から一つ選んで買い物をする、といった経験は、どなたにもあると思います。例えば、二つの福引器から、どちらかを選んでクジを引くという場面を想定して、意思決定プロセスをシミュレーションしてみましょう。

拡大する写真・図版あなたならどちらを回しますか?(島根大・大野智さん提供)

 世の中の情報は玉石混交で、なんとかして「B」の福引器からクジを引いてもらおうという思惑が潜んでいることがよくあります。

 しかし、意思決定をする上で重要となる情報は「当たりクジの割合」です。下記のように数字で示されていれば、「A」と「B」のどちらを選ぶか?という質問に対して回答に悩む人は少ないと思います。

拡大する写真・図版あなたならどちらを回しますか?(島根大・大野智さん提供)

 では、「当たりクジの割合」のほかに「1回あたりの値段」「はずれクジだったときの粗品」といった追加の情報があったとしたら、どうでしょうか?

拡大する写真・図版あなたなら、どちらを回しますか?(島根大・大野智さん提供)

 「判断に悩んだ」と言う人が多かったのではないでしょうか。このような状況は、医療現場でもおこりえます。例えば、下記のような場面を考えてみてください。

拡大する写真・図版どちらの治療法を選びますか?(島根大・大野智さん提供)

 ここで知っておいてほしいのは、意思決定において重要な役割を担う要素の一つに、皆さんが持つ「価値観や好み」があることです。どの人にとっても「病気が治る割合が高いことが重要」ということは前提としてあるものの、「治療費が気になる」「副作用は避けたい」「入院はしたくない」ということを重要視する人にとっては、必ずしも「病気が治る割合」だけで判断できない場面が出てくる可能性があります。

 一人ひとりがもつ価値観や好みは十人十色(あるいは千差万別)です。そのため、同じ情報を提供されても、決断・行動の意思決定は、人によって異なってくることになります。さらに、健康食品などの民間療法の場合、「使う?使わない?」の判断は、医師などに相談するのが難しく、自分自身で行うことになるため、意思決定に責任が伴ってきます。そうなると、なおさら悩む人が出てくるかもしれません。

自分自身を冷静に見つめることの大切さ

 「テレビで話題のダイエットサプリが気になる」。このようなとき、すぐに飛びつくのではなく、サプリメントの効果を示す根拠はあるのか?など冷静に情報を吟味することが大切です。これを情報の批判的吟味といいます。

 さらに、「費用は高くないか?(期待される効果に見合うか?)」「安全性は大丈夫か?」「サプリメントを摂取する量や頻度は負担に感じないか?」など、自身が気になる点についても見つめ直し、総合的に判断することが大切です。また、「そもそも、自分は何に困っているのか?」「サプリメントは、その困りごとを解決してくれるのか?」など自分自身を深掘りして本当のニーズを把握することが求められてくる場面もあるかもしれません。

 そして、忘れてはいけないことがあります。それは、「サプリメントを使わない」という選択肢が常にあることです。

 さらに「がんと診断された。がんに効くとされる民間療法を試してみたい」という場合でも、情報の批判的吟味は重要です。費用、安全性なども考えなければなりません。

自分はいま、冷静に判断できているのか?

 気をつけておきたいポイントはまだあります。

 行動経済学分野におけるプロスペクト理論では、人は損失を回避する傾向(損失回避バイアス)があり、危機的状況に置かれるとリスク愛好的(リスクテイカー)になることが指摘されています。例えば、借金で首が回らない人ほど怪しいもうけ話に引っかかりやすいという話は聞いたことがある人もいると思います。

 がんという命に関わるような病気と診断された場合、プロスペクト理論を当てはめると、人は「死」という損失を回避する行動をとりやすい傾向にあり、不確かな情報であっても試してみようという傾向(リスクテイカー)に陥ってしまう可能性があることを意味しています。

 つまり、冷静に考えれば怪しいと思うような健康情報でも、不安や恐怖に襲われているときは、「もしかすると、自分には効くかもしれない」と信じ込んでしまう可能性が誰にでもあるわけです。

 ですから、「情報を批判的に吟味する」「自身の価値観や好みを見つめ直す」という作業に加えて「今、自分は冷静に物事を判断できる心理状況か?」という点についても、ちょっと立ち止まって見つめ直すことも大切になってきます。

新型コロナウイルス感染が広がる今こそ

 なお、ちまたにあふれる健康に良いとされる商品の販売方法においても、このプロスペクト理論を応用したかのようなパターンやストーリー展開が散見されます。代表的なものとして、①ものごとに白黒つける・単純化する、②感情を揺さぶる(不安・恐怖)、③都合よく願いをかなえる商品の販売、といった具合です。

 具体的には、「年をとると免疫力が下がる(①単純化)」「免疫力が下がると病気になる(②不安・恐怖)」「このサプリを飲んで免疫力をアップして病気知らず!(③都合よく願いをかなえる)」となります。このように、人の不安や恐怖といった感情と抱き合わせで販売され、意思決定の場面においてバイアスに陥らせようとしている民間療法には冷静に向き合う必要があります。

 さらに、新型コロナウイルス感染症の報道が繰り返され、国民の多くが不安や恐怖に襲われている今のような状況は、商売をする側からすれば消費者の冷静な判断を失わせ商品を売りつける絶好の機会にほかなりません。怪しい民間療法に対して、情報の批判的吟味に加えて、自分自身の「価値観や好み」「心理状態」を冷静に見つめ直すことを心がけてもらえたらと思います。

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[ご案内]本コラムでご紹介してきたヘルスリテラシーをテーマにした連載(2017年6月~2018年2月)が書籍になりました。「健康・医療情報の見極め方・向き合い方 健康・医療に関わる賢い選択のために知っておきたいコツ教えます」(大修館書店 https://www.taishukan.co.jp/book/b521318.html別ウインドウで開きます)です。

大野智

大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、日本緩和医療学会ガイドライン統括委員(補完代替療法分野担当)も務める。