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 御用邸や歌人の若山牧水が晩年を過ごしたことでも知られる静岡・沼津。戦争は軍関係の研究所や軍需工場を林立させ、観光・保養の街を「軍都」に変えた。今も空襲の跡が残る街では、富士山の雪解け水を源とする柿田川湧水群を利用した軍の施設が水道に生まれ変わり、市民の生活を支える。

静岡・柿田川 旧海軍が水源に

拡大する写真・図版柿田川源流部。右岸に沼津市の泉水源地がある=2020年8月3日午後1時45分、静岡県清水町伏見、岡田和彦撮影

 静岡県沼津市内では蛇口をひねると富士山の湧水(ゆうすい)がほとばしる。「うちはトイレの水洗も洗車も富士の名水だ」と自慢する市民もいるが、水道がかつての軍事施設を基にしていることを知る人は少ない。

 沼津市下香貫の市立第三中学校南の住宅街、アパートの隣に分厚いコンクリートで四方を囲まれた畑地がある。海軍技術研究所(海軍技研)の実験水槽の跡だ。太平洋戦争開戦直前の1941年、現在の三中と周辺の土地約27ヘクタールに海軍技研音響研究部が設置された。水中聴音機、潜水艦探知機(ソナー)、音響魚雷、爆雷の開発などが目的で、武官、文官、工員ら約2千人を擁したと伝わる。

 海軍はこの施設の水源に現・清水町の柿田川湧水群を選んだ。柿田川右岸の泉水源地から狩野川の底に導水管を通し、難工事の末、3キロ先の海軍技研裏山の貯水池まで水を送ることに成功した。

 戦後、この施設を引き継いで沼…

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