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 7年半におよぶ長期政権を築いた安倍晋三首相が突然、辞意を表明しました。2015年に朝日新聞朝刊に掲載した連載「70年目の首相」の一部から、安倍首相をかたちづくった思想やその背景、政権のこれまでの歩みを振り返ります。(敬称略、年齢・肩書は掲載当時)

【2015年9月27日朝刊1面・4面】

 「石破さんは総裁選に出ますか?」

 7月24日夕、東京・谷中にある山岡鉄舟ゆかりの禅寺「全生庵(ぜんしょうあん)」。首相・安倍晋三は、当選回数が1期上の衆院議員・山本有二と座禅を組んだ。

 安倍が尋ねると、山本は「出るよ」と答えた。すると、安倍は山本の言葉を即座に打ち消した。

 「いや、出ませんよ」

 安倍はこの時、地方創生相・石破茂の不出馬を確信していたのだろうか。山本には、安倍が一瞬顔をこわばらせたように見えた。

 自民党総裁選では、党前総務会長・野田聖子が立候補を模索し注目された。だが、安倍が最も警戒していたのは実は石破の動向だった。

 この日の座禅は安倍が山本を誘った。安倍の第1次政権退陣以来、ときどき座禅を組む仲だ。山本は、石破に近い議員グループ「無派閥連絡会」の会長だった。2人は8月中旬に山梨でゴルフをした際も、同様のやり取りを繰り返す。「石破さんの動きが気になっていたのだろう」と、山本は思った。

 安倍周辺には、総裁選は避けたい、という空気が強かった。安全保障関連法案の国会審議の影響で、安倍内閣の支持率は第2次政権の発足以来最低となっていたからだ。前回、地方票で安倍を上回った石破が相手となればなおさらだった。

 ゴルフから半月後、山本は安倍に、近く石破派を立ち上げることを電話で伝えた。この動きはあくまで「次」を見据えたもので、総裁選への出馬は見送る、という趣旨だった。安倍は「そうですか」とだけ述べたという。

 そして9月9日夕、国家戦略特区諮問会議を終えた石破は、首相官邸で自身の派閥立ち上げを正式に表明した。「安倍総理は5年以上、政策を錬磨し、政権構想を練った。時間はいくらあっても足りない」と、その狙いを説明した。安倍が、自民党総裁選で無投票による再選を決めた翌日のことだ。

 今回の総裁選は候補者が乱立した前回とは一変し、誰とも争うことなく、安倍は再選した。だが、安倍が2012年末に再登板を果たすまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。

     ◇

 安倍晋三が座禅を始めたのは、首相を辞任した後だった。

 2008年4月17日。安倍は…

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