[PR]

 7年半におよぶ長期政権を築いた安倍晋三首相が突然、辞意を表明しました。2015年に朝日新聞朝刊に掲載した連載「70年目の首相」の一部から、安倍首相をかたちづくった思想やその背景、政権のこれまでの歩みを振り返ります。(敬称略、年齢・肩書は掲載当時)

【2015年10月3日朝刊4面】

 「一点突破というところが、大阪はすごいね」

 2012年2月26日。大阪市内にある小料理屋のこぢんまりとした和室。首相を辞任して一議員に戻っていた安倍晋三は、大阪維新の会の幹事長・松井一郎らとひざを突き合わせ、こう持ち上げた。上機嫌で瓶ビールを注がれたグラスを口にする安倍。潰瘍性(かいようせい)大腸炎を患っていたことを知るみんなは「大丈夫ですか?」と気遣ったが、「飲めるようになったんだよ。1杯だけだけどね」と笑みを見せた。

 この日は安倍と維新との初顔合わせ。後に、関係者の間で「2・26」と言われる日だ。今も続く官邸と「維新」の蜜月の源流はここにある。

 この日、夜の会合に先立ち、教育問題を議論するシンポジウムが同市内で開催された。主催は安倍のブレーン、高崎経済大学教授の八木秀次(現麗沢大教授)が理事長を務める日本教育再生機構。同機構大阪会長は遠藤敬(現維新の党衆院議員)。この2人がおもに企画、立案して安倍サイドに呼びかけたもので、ゲストに保守系議員集団「創生『日本』」会長の安倍と、維新で大阪府知事の松井を招いた。

 ただし、この日の真の狙いは、夜の打ち上げの場を利用した両者の関係構築にあったようだ。

 夜の会談には安倍側近の参院議員・衛藤晟一や、松井と親しい馬場伸幸(現維新の党衆院議員)らも出席。さながら、安倍と維新の会合のようだった。「使っている薬がすごい合っていて、体調は完璧に近いです」と、健康への懸念を払拭(ふっしょく)させようとする安倍。和やかな雰囲気のなか、衛藤が真剣な表情で「創生日本としては、『安倍さんをもう一度総理にしたい』という思いでやっています」と打ち明けたことを、馬場は覚えている。

 なぜ、安倍と維新は接近したのか。

 このころ、大阪を地盤とする維…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら