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 安倍晋三首相が退陣を決断した。2012年12月の第2次安倍政権発足から7年8カ月。連続在職日数では佐藤栄作の最長記録を塗り替え、歴史的な長期政権となった。しかし、悲願の憲法改正に手を着けることはないまま、1次政権同様、体調不良による突然の辞任となった。

 首相は12年12月26日に就任。戦後の首相では吉田茂以来となる再登板だった。首相は「危機突破内閣」を掲げて、経済再生、復興、危機管理の三つに取り組みつつ、外交・安全保障面では、官邸主導で対応する司令塔、国家安全保障会議(NSC)を創設。さらには官邸が省庁幹部の人事を一元管理する内閣人事局を設け、政策と人事の両面で霞が関を掌握し、「安倍1強」の基盤を整えた。

長期政権の利をいかし、外交にも積極的だった安倍首相。一方で、長期がゆえのひずみやおごりも目立っていました。7年8カ月の功罪を振り返ります。

 国民向けには金看板として「アベノミクス」をアピール。株高や雇用環境の改善を実績として訴え、高い内閣支持率を維持してきた。一方で、2度の消費増税や特定秘密保護法、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更、安全保障法制、「共謀罪」法といった国民受けしない政策も推し進めた。高い支持率を資産として、これらの懸案を間隔をあけながら処理するしたたかさも持ち合わせ、国政選挙では6連勝を誇った。

 外交面では積極的に外遊を重ね…

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