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 「東北の復興なくして日本の再生はない」。そう訴えて政権の座に就いた安倍晋三首相が、東日本大震災から10年を前にして、退場する。被災地にとって、安倍政権とは何だったのか。復興ポリティクスの7年8カ月をたどる。

拡大する写真・図版政権交代後、最初の宮城訪問。安倍首相は亘理町の仮設住宅を視察し、住民らと握手した。このときに少女とも再会した=2013年1月12日、代表撮影

 震災の翌月、安倍氏は宮城県亘理町の避難所で、津波で母親と曽祖母を亡くした小学3年生の少女と出会い、励ました。当時、多くの自民党議員が被災地支援にかけつけながら、野党の立場にいることをもどかしく思っていた。

 民主党政権の復興スピードの遅さを批判して、2012年12月、自民党は政権を奪還する。安倍首相は直後に宮城を訪問し、少女と再会。「小学校を建ててほしい」と書いた色紙を託された。13年1月、最初の所信表明演説で「将来への希望を伝えてくれたことに心打たれた」と、エピソードを紹介している。

 政権はさっそく、前政権が決め…

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