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 太平洋戦争で敗れた日本は1945年9月2日、降伏文書に調印した。この文書には、宮城県白石(しろいし)市の特産「白石和紙」が使われたとされる。戦争の終わりを刻んだという白石和紙は、後継者不足などで存続の危機に。地元有志による継承の取り組みが続いている。

 宮城県南端に位置する白石市。JR白石駅近くの商家を改装した寿丸(すまる)屋敷では、市民グループ「蔵富人(くらふと)」のメンバーが制作した白石和紙を使ったあかりが展示され、ほんのりと優しい光を浮かべている。丈夫で長持ちする白石和紙は、名刺入れなどにも加工され、販売もしている。

 この地方の手漉(す)き和紙は「奥州白石和紙」として珍重され、江戸時代に仙台藩の初代藩主・伊達政宗が生産を奨励し、約300戸で生産されたという。

 明治時代に入ると機械化や安価な洋紙の普及で衰退したが、昭和の初期、農業のかたわら古くからの技法で紙漉きを始めた遠藤忠雄さん(故人)が研究を重ね、再興。高品質の和紙の生産へとつなげた。

終戦2年前にやってきた政府職員

 その遠藤さんを、皇室関係を担…

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