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 マラヤ(現・マレーシア)からの留学中に広島で被爆し、約1カ月後に京都で亡くなったサイド・オマールさん(当時19)。戦後75年を経た命日の3日、墓がある京都市左京区の円光寺を人々が訪れ、平和を願って墓前で手を合わせた。

 オマールさんは1943年、国が東南アジアから集めた南方特別留学生の一人として来日。広島文理科大(現・広島大)の学生だった45年8月6日、爆心地から約900メートルの寮で被爆した。終戦後に帰国しようと東京へ向かう途中、体調が急変して京都の病院に入院したが亡くなった。

 イスラムの教えに従い、亡くなった土地である京都で土葬されたが、簡素な墓だったため、61年に市民の手で円光寺にイスラム式の墓碑が建てられたという。

 命日のこの日、寺が催した法要…

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