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 先延ばしを改善するには、自分に課すハードル自体を下げることも大切です。それは仕事でも同じよう。では、どこまで下げればいいのでしょう。具体例をあげながら臨床心理士の中島美鈴さんが解説します。

全体のハードルを下げるとは

 「先延ばし」は誰にとっても憂鬱(ゆううつ)の種。

 先延ばしにしても、いいことなんてないってわかっているけど、今は今で忙しいし、そのうち気が乗ってからの方が効率いいし、うんいつかしよう! って経験は誰にでもありますよね。でも年中これやっています、そろそろもうやばいですと、人知れず悩む方もいるものです。ADHDの主婦リョウさんもそのひとりです。子ども部屋にしようとしていた部屋が、今や物置部屋と化し、ドアが半分しか開かないという状況です。

 前回までにリョウさんとリョウさんの夫はやる気スイッチを入れるために、①「すぐに成果が出やすい課題に小分けにする」という先延ばし克服のための最初の一歩を踏み出しました。片付けは「部屋全体」ではなく「ひとまずドアまわりだけ」、「三つだけ捨てる」というように、一歩目のハードルを下げることをご紹介しました。

 今回は「一歩目」だけでなく、「全体」のハードルを下げることをご紹介します。

最低限いることは…

 リョウさんは子ども部屋を「憧れの外国みたいなモデルルームみたいにしたい」と思っていました。昔雑誌で見たような、かわいらしいお部屋です。実現するとなると、不要物の処分だけでなく、新しい家具の購入や、壁紙の張り替え、カーテンの購入など、おおがかりです。とても数日では終わりそうにありませんし、お金もかかります。そうすると、いくら一歩目が小さくても、永遠にゴールにたどり着けないような途方もない気持ちになるでしょう。

 リョウさんには「最低限必要な要素」を考えてもらいました。

 今のリビングに学用品が散らかった状態からは、ましな状態になるとして、それなら最低限何が実現できればよいか? リョウさんはこう考えました。

 子ども部屋に最低限求める要素は・・・

・ランドセルが置ける

・帽子や学用品が置ける

・できればコートやジャンパーなどが置ける

・それらの置き場まで歩いていける(途中を塞ぐ不用品がない)

 リョウさんはここまで書き出して、こんな絵を思い浮かべました。

拡大する写真・図版イラスト・中島美鈴

 リョウ「え・・・これ、いくらなんでも ひどい笑 これぐらいでいいんなら、すぐできそう。本当の整理整頓になってないけど」

 そうですね。おかしすぎる部屋ですね。でも最低限これが実現できれば、今よりはましになりますね。逆にこのへんてこな部屋にするぐらいなら、もう少し片付けるわ! とやる気になる方もいらっしゃるかもしれません。

 全体のハードルを下げるのは、何もやる気を出すためだけではありません。

こんな経験ありませんか

 仕事の場合、上司や取引先からの仕事の依頼について、勝手にひとりでハードルを上げていること、ありませんか?

 リョウさんの夫は、もともとは不真面目なキャラクターで、できるだけ仕事せずに済むのならそうしたい派です。しかし一度スイッチが入ると「凝り性」へと転じる癖があります。先日、上司に頼まれて、顧客情報の管理体制について見直すことになりました。上司に頼まれた時点で、リョウさんの夫は「こりゃまた、大きな仕事を頼まれてしまったな」と気が重くなりました。今紙ベースで保管されているものも含んだ、顧客の氏名や住所だけでなく、これまでの購入履歴などをすべてデータベース化するなら、とんでもない時間を要すると考えたからです。日々の業務でいっぱいなのに、そんな時間確保できません。

 上司からはもともと締め切りを指示されていませんでしたので、リョウさんの夫は「今は忙しいから」「データベースを作るなら、どのソフトがいいのかな。どうせならきっちりしたのを作らないと。・・・でも時間ない。どうしよ」と、その仕事を放置し、あっという間に半年が過ぎました。上司が思い出したように進み具合を確認してきました。リョウさんの夫はぎくりとしながらも「なかなか業務に追われて時間がとれませんでした」と謝りました。しかし、よくよく上司と話すと、上司が指示したのはパソコンを使ったデータベース化ではなく、顧客情報を社員の誰もがすぐに取り出せるように置き場所を固定することだったらしいのです・・・。リョウさんの夫の考える仕事の完成イメージと、上司のイメージにはあまりに大きな差がありました。

 リョウさんの夫「それぐらいの仕事なら、すぐできたのに。この半年、俺はずっと“あれしなくちゃなあ”とストレスフルだった。ばかみたい。なんですぐ確認しなかったんだろう」

 みなさんにも似た経験はありませんか?

ハードルあげておっくうに

 勝手にひとりでハードルを上げてしまって、そのせいでその仕事にとりかかるのもおっくうになってしまった経験です。

 リョウさんの夫がぼやいているように、仕事の指示を受けた時点で、仕事の完成イメージをよくよく上司と話し合うべきでした。そうすることでハードルが下げられて、先延ばしをせずに済んだでしょう。

 家のことでも、仕事でも、完成イメージのハードルを下げましょう。仕事ならなおさら、相手の描く完成イメージはいち早く共有し、必要に応じてハードルを下げる交渉もしましょう。「最低限ライン」を確保することで、余力が生まれ、その余力が先延ばしを抑制します。また、余力を用いてさらに完成度を高め、よりよいものを作り上げることができるかもしれません。

 ぜひ取り入れてみてください。

◇このコラムの筆者があなたの先延ばし癖の改善を応援します。毎週土曜の朝、オンラインで実施です。詳細はこちらから。「働く人のための時間管理グループレッスン」(http://ptix.at/Ou2Bjb別ウインドウで開きます

中島美鈴

中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。