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 幕末の京都で反幕府勢力の鎮圧にあたった新選組の拠点「不動堂村屯所(ふどうどうむらとんしょ)」が、現在のリーガロイヤルホテル京都(京都市下京区)付近にあったことを裏付ける古文書が、浄土真宗本願寺派本願寺史料研究所(同)で見つかった。この屯所への移転にかかわり、直前に屯所が置かれた西本願寺の史料であることから、専門家は確度が高いとみる。

拠点を転々

 新選組は1863年から壬生寺(みぶでら)(同市中京区)近くを屯所としたが、隊士が増えて手狭になったため、65年、西本願寺に移った。境内に新選組本陣の看板を掲げ、寺の北東にあった北集会所(きたしゅうえしょ)と、現在もある太鼓楼を使っていたという。

 しかし「本願寺史」などによれば、新選組は境内で大砲や小銃を連発する訓練をして、参拝する門徒や僧侶らを震撼(しんかん)させた。また腹を切る者や処刑される者、捕縛される者らがおり、「極楽に地獄を合併したるがごとし」といわれる光景だったという。

 西本願寺は新選組を追い出すための苦労を重ね、屯所は67年6月、寺から約500メートル南の不動堂村へ移った。費用は西本願寺が負担した。

 不動堂村屯所には、表門、高塀、長屋、近藤勇や土方歳三ら幹部の居間、馬屋などのほか30人が一度に入れる風呂もあり、大名屋敷に匹敵する構えだったという。伏見奉行所に引き払うまでの約半年、使われた。

過去の著書でも推定されていた

 屯所の所在地をめぐっては様々…

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