拡大する写真・図版フェンスにぶら下がった倒木を眺める平田美紗子さん=北海道斜里町の国有林

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 北海道・知床――。世界自然遺産への登録から15年を迎え、雄大な自然と野生動物たちに多くの人が魅せられる。しかしわずか30年ほど前には、国有林を管理する林野庁による伐採問題に揺れた。同じ役所は今、知床の生態系保全に取り組む。林野庁北海道森林管理局の「絵師」として活動する平田美紗子さん(41)と斜里町の国有林を歩いた。

 「まだ、あった。よかったー」

 案内してくれた知床森林生態系保全センターの森林保護員(グリーン・サポート・スタッフ)の小林三希子さん(45)が声を弾ませた。落ち葉が積もってふかふかな林床から、長さ5センチほどの希少な野生ラン「カイサカネラン」がひょっこり顔を出していた。

拡大する写真・図版希少な野生ラン「カイサカネラン」=北海道斜里町の国有林

 こういう貴重な山野草にとっての敵は、不法採取する人間と、エゾシカなどの動物だ。実際、この野生ランの自生地の周囲にはシカのフンが散らばっていた。

 森林保護員は林野庁の非常勤職員で、多くの人が訪れる世界遺産登録地や、植生が荒れるおそれのある国有林で、不法な採取や投棄の防止、マナー啓発などの保全活動にあたる。小林さんは日々、国有林内を巡回し、登山道の状態を確かめたり、動物による食害を調べたりしている。「事務仕事が少ないのはいい」。小林さんは笑う。

拡大する写真・図版エゾシカのものとみられるフンは国有林のいたる所に落ちていた=北海道斜里町

 国有林を進むと、林野庁が研究調査のために森の一部を囲ったフェンスがあった。樹木をシカなどの動物から守るためだ。フェンスの一部が破れ、根元にヒグマが掘ったとみられる抜け穴があった。小林さんは手慣れた手つきで予備の金網で補修した。その様子を平田さんはスマホで写し、メモを取っていた。

拡大する写真・図版破れたフェンスを補修する森林保護員の小林三希子さん(手前)を取材する平田美紗子さん=北海道斜里町の国有林

 平田さんは北海道大大学院でキノコなど森の菌類を研究し、2004年に技術職で林野庁に入った。材木を生産するための林業や造林を学んだわけではないが、採用されたのには理由があったらしい。林野庁の変遷に詳しい日本自然保護協会参与の横山隆一さんは「林野庁は1990年代から『環境重視』に方針転換し、2000年代に入ると生態系の保全のために戦略的に人材を集めるようになった。平田さんが入ったのもそんな時期です」と話す。

知床国有林の歩み
 知床半島が注目を集めることになった原点は、1964(昭和39)年の知床国立公園の指定だ。高度成長期の国立公園には観光振興の側面が強く、全国の国立公園で観光道路が造られ、温泉や宿泊施設が開発された。知床半島でも80年、国道334号知床横断道路が18年の歳月をかけて開通した。 自然保護や生態系の保全の動きは、知床でも観光振興のあとにやってきた。77年、ナショナルトラスト運動「知床100平方㍍運動」が始まる。80年代に入ると、いずれも環境庁(当時)の遠音別原生自然環境保全地域(80年)、知床鳥獣保護区(82年)になった。 そうした流れに冷や水を浴びせたのが、巨額赤字を抱えていた林野庁による知床国有林の伐採計画だ。林野庁は87年4月、全国からわき起こる伐採反対の声を押し切り、3日間でミズナラの巨木など530本を切り倒した。 批判を浴びた林野庁はその後、「環境重視」へと方針を転換。90年には知床森林生態系保護地域に指定し、さらに多くの規制が設けられた。2005年、ユネスコの世界自然遺産に登録された。

 絵がずっと好きで描いてきた平…

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