拡大する写真・図版山の険しい地形を利用してつくられた山中城で特徴的な「障子堀」。当時は芝はなく土のままで一度落ちるとなかなか上がることが出来なかったという=静岡県三島市、杉本康弘撮影

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 国道1号沿い。山道を上ると出現する、迷路のような、ワッフルのようなその場所は、実は城マニアには常識の人気スポットだ。

拡大する写真・図版自然の地形を生かして築かれた山中城。うっそうと茂る木々を抜ける道が続く=2020年8月28日、静岡県三島市、杉本康弘撮影

 お城好きなら一度は訪れるべし。と、ファンの心をくすぐるのが、静岡県の伊豆半島北部にある山中城跡だ。

拡大する写真・図版特徴的な「障子堀」。常に草を刈り、落ち葉を拾って整備されている=静岡県三島市、杉本康弘撮影

 城跡と言っても、優美な天守閣や堅牢な石垣はない。代わりに、堀を土塁で仕切った「障子堀」や「畝(うね)堀」が訪れた人を出迎える。

拡大する写真・図版16世紀、北条軍と豊臣軍が争った山中城のそばにある宗閑寺墓所。今は両軍の墓が並んで静かにたたずんでいる=2020年8月28日、静岡県三島市、杉本康弘撮影

 侵入した敵を狭いところに集めて狙いやすくしたなど、形状の理由には諸説ある。特に西ノ丸と西櫓(やぐら)の間はクモの巣状に入り組んでおり、異国の古代遺跡に迷い込んだようだ。最近では「ワッフルのよう」という見立ても。

拡大する写真・図版山の険しい地形を利用してつくられた山中城で特徴的な「障子堀」。常に草を刈り、落ち葉も拾われていて、堀がよく見えるよう整備されている=2020年8月28日、静岡県三島市、杉本康弘撮影

 築城は16世紀後半の戦国末期とされる。関東を支配した北条氏が西の防御として、箱根を越える街道沿いに構えたようだ。城内を区切る「曲輪(くるわ)」は高低差があり、橋を落とせば敵が攻め入れない。実戦的な造りがうかがえる。

拡大する写真・図版山の険しい地形を利用してつくられた山中城で特徴的な「障子堀」。常に草を刈り、落ち葉も拾われていて、堀がよく見えるよう整備されている=2020年8月28日、静岡県三島市、杉本康弘撮影

 戦があったのは1590(天正18)年。天下統一をめざし小田原へ向かう豊臣秀吉軍の攻撃を受け、半日で落城した。「名城」の歴史をひもとくと、あっさり敗れた例は意外に多い。

拡大する写真・図版山の地形を利用して築城された山中城。敷地内は木立に覆われ、坂道も多い=2020年8月28日、静岡県三島市、杉本康弘撮影

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 「三島市ふるさとガイドの会」…

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