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 自民党の多くの派閥が菅義偉官房長官の支援に回る構図で総裁選が始まった。過去の総裁選びの歴史を振り返っても、本命候補に多くの議員がなびく「無風型」の展開は多々あった。一方で、派閥の領袖(りょうしゅう)が「激突」したり、思わぬ「波乱」が起きたりしたケースもある。

 投票で決した過去27回の総裁選のうち、当選者が次点候補にダブルスコアを超す差をつける圧勝パターンは17回を数える。2001年総裁選でブームを起こした小泉純一郎氏も、1995年には派閥横断の支援を受けた橋本龍太郎氏に3倍以上の得票差で惨敗していた。

 有力者の「話し合い」や「裁定」で選挙も経ずに決まることもあった。緊急入院した小渕恵三氏の後任の森喜朗氏、金脈問題で退陣した田中角栄氏の後の三木武夫氏などが典型だ。

 「派閥全盛」のころは領袖同士がしのぎを削った。現職首相だった福田赳夫氏は78年総裁選で敗れ、「天の声にも変な声がある」との名文句を残した。

 「波乱」もあった。安倍晋三首相による憲政史上最長政権の起点となった2012年総裁選。当時の谷垣禎一総裁を支える幹事長でありながら、名乗りを上げて谷垣氏を出馬断念に追い込んだ石原伸晃氏は「平成の明智光秀」と批判されて失速。5人が乱立し、石破茂氏が第1回投票で「地方票」を固めて首位に立ったものの、過半数にはとどかなかった。国会議員票のみの決選投票で、安倍氏が逆転勝利を収めた。

 総裁経験者の再登板は初めて。決選投票は40年ぶりで、決選投票での逆転は56年ぶりのことだった。

【動画】3氏が争う2自民党総裁選。それぞれの主張は。「簡易型」選挙の影響は。