[PR]

 虐待でトラウマ(心的外傷)を受けたすべての人が適切な治療を受けられることを求め、被害者たちがウェブ上で署名を集めている。児童養護施設などに保護された経験を持つ人も、虐待を受けたことをだれにも気づかれずに大人になった人も、分け隔てなく支援を受けられることを目指している。

 発起人は、「わたし、虐待サバイバー」(ブックマン社)の著書がある札幌市の羽馬(はば)千恵さん(37)。北海道里親会連合会会長の鈴木三千恵さん=函館市=と、子ども虐待被害当事者の社会参加推進団体「しんか」代表の高橋のぞみさん=新潟市=の2人が共同発起人を務める。

 羽馬さんは幼い頃、義父から頭をたたかれるなど、暴力や暴言を受けて育った。逆らうとまた殴られ、怖くて逆らえなかった。小学校高学年になると性的暴力もあった。

 新たに別の男性が義父になると母との関係も悪くなった。学校ではいじめにも遭った。だれにも相談できず、12歳で自殺を考えた。

「愛着障害」大人になって発症

 大人になると、対人関係などに支障をきたす「愛着障害」とみられる症状が出るようになった。猛烈な寂しさに襲われ、父親くらいの年齢の男性に過度に依存した。期待が裏切られたと感じると、悲しみや怒りの感情が爆発して自分を制御できなくなった。

 自分が自分であるという感覚が失われる「解離性障害」には、今も悩まされている。体調や環境によって攻撃的な人格が現れ、主人格が築いてきた人間関係を壊してしまう。これまで何度も仕事を変え、友人を失ってきた。主人格に戻ったとき、なぜ攻撃的な行動をしたのか、まったく理解できず、死にたくなるほど落ち込むこともある。

 精神科で幼少期の虐待経験を伝えたが、最初の主治医には「もう大人なのに何に困っているのか」と言われた。病院が変わるたびに異なる病名が付いた。主治医が15人ほど代わり、ようやく理解してくれる医師に巡り合えた。

「治療できる精神科医、少ない」

 専門的な心理療法を受けたこともあるが、医療機関ではないため医療保険が適用されず、高額で続けられなかった。羽馬さんと著書の中で対談した精神科医の和田秀樹さんは「カウンセリングのトレーニングを積み、トラウマの治療ができる精神科医が非常に少ない」と指摘する。1人の患者に時間をかけるより、短時間で多くを診たほうが金になる保険制度の問題もあるという。「虐待で子どもが亡くなると異様なほど同情されるのに、ひどい育てられ方をした結果、大人になって対人関係で悩み、就職がうまくいかなかったサバイバーが『自己責任』と言われる現状はおかしい。立ち上がったサバイバーの声に耳を傾けるべきではないか」

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、災害や犯罪被害など生命の危険を伴う強い恐怖を体験することで発症し、フラッシュバックなどの症状が出ることが知られている。一方、虐待など回避できないストレスに慢性的にさらされると、感情の調整や対人関係の維持が難しくなるといった症状が現れることも指摘されている。こうした患者を「複雑性PTSD」として従来のPTSDと分けて診断することが、2018年に公表された国際的な疾病分類に盛り込まれた。

 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所によると、米国ではすでに複雑性PTSDを対象にした認知行動療法が開発されている。日本でもその有効性を評価する臨床試験を実施しているという。

「虐待の連鎖」防ぐねらいも

 羽馬さんらが署名活動で求めているのは、複雑性PTSDと診断されたすべての虐待被害者が、無償、もしくは保険適用される適切な治療を受けられることだ。それによって、虐待された子どもが親になって虐待の加害者になってしまう「虐待の連鎖」を防ごうとしている。

 羽馬さんは「虐待の被害者というと児童養護施設などに保護された子どもと思われがちだが、発見、保護されないまま虐待を受け続けて大人になる人は多い。そんな人たちにも目を向けてほしい。すべての虐待被害者が支援を受けられる仕組みをつくりたい」と訴える。

 電子署名はhttp://chng.it/BxBXcJNpRD別ウインドウで開きますへ。(片山健志)