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 「さざんかの宿」を伸びやかな声で歌い上げ、作曲活動もしている演歌歌手の大川栄策さん(71)は、ある雪駄(せった)を自宅で大切に保管しています。ただ、自らは一度も履いたことがないと言います。大川さんに、そのいきさつを聴きました。

拡大する写真・図版インタビューに答える大川栄策さん=山本和生撮影

 昭和53(1978)年7月25日。29歳だったぼくは歌手活動の無理がたたって肝臓を悪くし、入院していました。その日、一人で身支度を整えて退院し、住んでいたアパートに戻りました。非常に暑い日だったことを覚えています。すぐに部屋の黒電話が鳴り、恩師の死去を知らされました。昭和の大作曲家、古賀政男先生です。

 福岡県大川市で生まれ育ったぼくは、高校を出て同郷だった古賀先生の最後の内弟子になり、先生の屋敷の庭掃除や廊下のぞうきんがけをしたり、先生の愛車を磨いたりして、家のお手伝いをしながら歌手の修業をしました。

拡大する写真・図版1969年、レコーディングの時に恩師の古賀政男(左)から歌唱指導を受けた当時20歳の大川栄策さん

 家に出入りする芸能界の人たちの立ち居振る舞いを学んで、芸能生活に入れるようにということだったと思います。デビュー曲もその後の活動も、たいへんお世話になった先生だったのです。

 《古賀政男は大川さんが言う通…

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