拡大する写真・図版20代半ばまでの記憶を失った男性。「津和野」という新たな姓で生きる=京都市内、2020年8月8日、伊藤喜之撮影

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 10年前、京都府内の日本海沿いの小さな町。

 男は中華料理店へ入った。注文した中華丼や唐揚げを食べ、ビールと焼酎を飲み終えた。「おい」。店主に声をかけ、ナイフを突きつけた。レジ近くの箱をひったくり、逃げた。

 だが、箱を開けてみると現金はなかった。入っていたのは売上伝票だけだった。

 男は百貨店に駆け込んだ。トイレに入り、バッグにしのばせていた刃物を取り出した。シャツをまくり上げ、腹に突き刺した。床に倒れ込んだ。腰に巻いたコルセット越しに血がにじみ出て、そのまま意識を失った。

 男は絶望していた。

 この数カ月前。工事現場での仕事のあっせんを約30年間にわたり頼んできた手配師の男性が、突然に姿を消した。仕事が得られなくなり、毎日の食事代にも困るようになった。その手配師以外に頼れる人はおらず、男は路頭に迷った。

 男は、運転免許証や住民票などの身分証明を何一つ持っていなかった。それどころか、自分の氏名や正確な年齢さえわからなかった。

 男には、20代半ばまでの記憶がほとんどなかった。

病院を抜け出した先で…

 記憶を失ったのは、鳥取・米子の工事現場での事故がきっかけだった。後に周囲からは、「26~27歳」ごろのことだと言われた。

 クレーンにつるされていた22ミリの鉄板が、数メートル上から落ちてきた。安全ヘルメットとともに頭蓋骨(ずがいこつ)が割れた。

 約1週間後に目覚めると、全身が白い包帯で巻かれていた。頭蓋骨骨折、左足の粉砕骨折、内臓損傷、そして、記憶障害。

 質問を重ねてきた脳外科医から言われた。「記憶は少しずつ戻ってくるかもしれない」。会社の上司や看護師らは気の毒そうに見てきたが、自分では特に何も感じなかった。「おれはそういう人間なんだ」。そう思っただけだ。

 半年後、退院の日が迫っていたある日の真夜中に、病院を抜け出した。勤務先は高額の医療費をまかなう余裕がなかった。小遣い程度の現金を渡され、遠方への逃亡を指示されていた。勤務先には出身地などを伝えていなかったらしく、帰る先は分からなかった。

 求人の貼り紙で見つけた関西の工事現場で、長年の付き合いとなる手配師の男性に出会った。その手配師に任せれば、仕事を探す手間が省けた。現場ごとに必要な作業員の登録も、偽名で済ませてくれた。

 手配師は男を「てつ」と呼んだ。幼いころ、自分を「哲(てっ)ちゃん」と呼ぶ友だちがいたことをかろうじて思い出し、手配師にそう伝えたからだ。

 各地を転々とし、工事現場の宿などで寝起きをした。大病にもかからず、健康保険や住民票がなくても特に問題なかった。記憶をそれ以上取り戻す必要も感じず、30年ほどが過ぎた。

思い出した「かがわ」「たどつ」

 手配師に去られ、中華料理店で事件を起こした後に自殺を図った男は、容体の回復後に強盗などの疑いで京都府警に逮捕された。2010年5月のことだった。

 男は容疑を認めたが、身元がわからない。府警は指紋などから前科前歴を洗ったが、見つからなかった。レコーダーで話しぶりを録音し、特徴的な方言がないかも探ったが、長年各地の工事現場を転々としていたためか、標準語に近かった。

 府警の取り調べで、男は何度も記憶をたぐるように求められた。記憶を取り戻す意思を持っていなかった男にとって、過去と向き合う作業はほとんど初めてだった。

 「かがわ」「たどつ」

 思い出した。住んでいた地名だ。両親は幼いころに亡くなり、漁業で生計を立てる親類の夫婦に育てられた。養父の名は、「中野邦夫」だった――。

 府警の捜査員は香川県多度津(…

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