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 8月25日、ワシントンのホワイトハウスにほど近い米通商代表部(USTR)の2階の会議室で、私は張り詰めた思いで質問を重ねていた。向かい合うのはロバート・ライトハイザー通商代表(72)。ランニングやウェートトレーニングを重ねたという老練の交渉官は、堂々とした体格で独特の威圧感がある。日本メディア初の単独会見で、限られた時間に聞きたい質問が山ほどあった。

 緊張がややほぐれたのは、トランプ大統領が「安全保障上の脅威」と認定した、日本からの自動車輸入に話が及んだ時だ。ライトハイザー氏は「米国は日本の自動車産業と非常に良好な関係を築いてきた」と切り出した。

 トヨタ自動車やホンダ、日産自動車が米国で行ってきた投資を評価し、「良質な、高い給料の雇用を自動車産業に創出することが、大統領が強く支持してきたことだ。だからこそ米国への投資を促してきたし、大統領の通商代表である私も同じだ」と強調。「安保上の脅威」との認定に基づく制裁関税の可能性についても、「大統領を代弁することはできないが、少なくとも私の望みは、日本企業による対米投資が増え続けることだ」と、当面は静観の構えを示した。

拡大する写真・図版8月25日、朝日新聞との単独会見に応じるライトハイザー米通商代表(右)=ワシントンの米通商代表部、ランハム裕子撮影

 ライトハイザー氏の評価は実態に即したものだ。今世紀に入り、日系自動車メーカーは米国内での生産を増やし、米国メーカーの生産減をカバーしてきた。1970~90年代の激しい自動車貿易摩擦の教訓を踏まえた、地道な投資や地域社会への貢献は、米国民にも幅広く浸透しており、それがトランプ政権の姿勢にも反映されている。

 ライトハイザー氏の発言で重要なのは、「高い給料の雇用(high-paying jobs)」という言葉だ。この数十年にわたって繰り広げられてきた製造業の競争は「低賃金の競争」という面が大きい。先進国企業が持つ高度な技術やノウハウを中国やメキシコなどの新興国に持ち込み、低賃金の労働者を使うことによってコストは削減されてきたが、先進国の労働者の賃金も下押し圧力を受けてきた。それに伴う「企業城下町」や地方都市の疲弊は、先進国に共通してみられる現象だ。

 2016年の大統領選挙でトランプ氏は自由貿易批判を掲げ、米中西部に広がる疲弊した製造業地帯「ラストベルト」の労働者らの支持を追い風に勝利した。ただ、トランプ氏自身に具体的な通商戦略や対中戦略があったわけではない。そこで、就任してから経済・通商分野で実質的な指揮をとったのがライトハイザー氏だった。

 中国によるサイバー攻撃や技術移転の強要などによる知的財産侵害を、米国の軍事・経済分野での覇権を揺るがす事態ととらえ、制裁関税を交渉カードに通商協議を展開。関税を多用する手法に異論は根強いものの、米中関係の構造的な問題や米労働者の苦境を「可視化」することに成功した。

労働者を優先 市場原理とは距離

 ライトハイザー氏は名門ジョージタウン大学を卒業後、1980年代には30代の若さでUSTR次席代表として日米貿易交渉を担った国際通商法のエキスパートだ。通商政策を担う米上院財政委員会や法律事務所で長く通商分野の法律顧問を務め、ワシントンの政界の表裏を知り尽くす。ただ、原点は「ラストベルト」の古い鉄鋼の街、オハイオ州アシュタビュラで育った幼少時代にあると、兄のジム・ライトハイザー氏(74)はいう。

拡大する写真・図版ライトハイザー通商代表の兄、ジム・ライトハイザー氏=8月4日、ワシントン、青山直篤撮影

 「祖父も製鋼所の工員で、父も工員をしながら医学部に通った。級友の親たちはほぼ全員、工場で働く労働者だった。医者の家で比較的恵まれて育ったが、私も弟も、決して自分たちをエリートだと思ったことはない。労働者に親しみを感じて生きてきた」。民主党の地方政治家を長く務めたジム氏はこう振り返る。

 トランプ政権の通商代表としての3年の経験を踏まえたライトハイザー氏の貿易観は、米誌フォーリン・アフェアーズの7/8月号の寄稿に詳しい。「大学を出ていない人びとを含め、大多数の市民が、安定した良い給料の仕事につけるようにするのが正しい通商政策だ。トランプ政権は、労働がもたらす尊厳を優先させる政策と、貿易自由化の利益とを調和させる政策を追求してきたのだ」

 寄稿のタイトルは「How to Make Trade Work for Workers(労働者のために貿易をどう働かせるか)」。表題からも読み取れるように、自由な人、モノ、カネの移動を追求する市場原理とは距離を置き、労働者保護を唱える「左派」に近い主張である。米国政治で「左派」に位置づけられる民主党の通商政策と比べると、オバマ前政権の副大統領として環太平洋経済連携協定(TPP)を推進した中道のジョー・バイデン氏よりも、トランプ氏から「極左」と呼ばれる上院議員のバーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏にむしろ親和性が強い。

 ライトハイザー氏は80年代、…

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