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 世界中で愛される大ヒットミュージカル「レ・ミゼラブル」。1987年の日本初演でエポニーヌ役を射止めた、当時23歳の島田歌穂さんは海外の舞台を見るすべもなく、3千人参加のオーディションに「曲をレコードで聴いただけ」で挑んだという。11歳で子役デビューし昨年で45周年。元タカラジェンヌの母と音楽家の父の遺品の指輪を支えに、自分の可能性に挑み続けた半生を語ってくれた。

拡大する写真・図版島田歌穂さんは1963年東京生まれ。74年ドラマ「がんばれ!!ロボコン」のロビンちゃん役でデビュー。大阪芸術大舞台芸術学科教授。昨秋は夫でピアニストの島健さん編曲で、男性Jポップの名曲をカバーした「Slow Ballade-おとこごころ-」をリリース

 母方の祖母は、新宿南口のガード下でジャズバーを開いていました。映画好きで、叶(かな)わなかった女優への夢を、シングルマザーで育てた母に託したのかもしれません。美しく成長し、歌や踊りが大好きだった母は、宝塚音楽学校に合格。花組の娘役でエトワールも務めたといいます。でもジャズ業界から声がかかり、あっさり退団。ジャズ歌手に転身し、数日後には米軍キャンプで歌っていました。

 父は北海道の和菓子屋の長男。やはり歌好きで、のど自慢荒らしだったといいます。道内の大会で優勝して祖父を説得し、東京の武蔵野音大に入学。卒業後はキャバレーやクラブのビッグバンドでピアノを弾き始め、歌手の母と出会って私が生まれました。

「ロボコン」のロビンちゃん役でデビュー

 父は作曲・編曲やボイストレーナーの仕事が増え、隣室から流れる父のレッスンが私の子守歌代わり。歌手を引退した母は、自分と同様、歌や踊りが好きな私を多くの習い事に通わせてくれました。熱中したのが、4歳から始めたバレエです。発表会で踊る私を見たテレビ局の方に見いだされ、11歳の時、ドラマ「がんばれ!!ロボコン」のロビンちゃん役で芸能界デビューしました。母は止めず、父も「厳しい世界だが、やるなら徹底的に頑張れ」と、一言でした。

 宝塚歌劇団の「ベルサイユのば…

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