【動画】約40年の歴史に幕を下ろした銀座の中華料理店「蘭州」=関田航撮影
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 食欲をかき立てるにおいと豪快な盛り、濃厚な味わいで東京・銀座周辺の企業に勤める会社員らに長く愛された中華料理店「蘭州」(中央区銀座6丁目)が19日、閉店した。来夏の東京五輪までとの思いもあったが、新型コロナウイルスによる売り上げ減で、「今が頃合い」と40年の歴史に幕を閉じた。

 オフィス街にある雑居ビル1階に蘭州が開店したのは1981年。寺尾聰さんが「ルビーの指環」で日本レコード大賞を受賞した年だ。武蔵小山(品川区)の商店街で店を5年間切り盛りしていた冨澤直志さん(70)が、新たな挑戦の地として選んだのが銀座だった。

 シルクロードの出発点にちなんだ名をつけた5卓20席の店は開業当初から客筋に恵まれた。目の前に日産本社があり、部長が深夜、部下を引き連れ、「ずっと、飾らない店でいてくれよ」と励ましてくれた。近所の料亭の女将から「らんしゅうちゃん、銀座で仕事するなら、出前やらなきゃつぶれるわよ」と商売のコツも教わった。

 丼が冷めない距離に歌舞伎座や新橋演舞場があり、役者や花柳界からもひいきにされた。十八代目中村勘三郎さんの姉、波乃久里子さん(74)も開店以来、「家族のような付き合い」だった。波乃さんは「舞台の中日に、『今日は蘭州よ』と言うと、若手がわっと集まってきて。普段は私の楽屋になんて、誰も寄りつかないのに」。

 尾上松也さん(35)ら歌舞伎役者のほか、ジャニーズ事務所副社長の滝沢秀明さん(38)、俳優の藤山直美さん(61)も蘭州を愛した。波乃さんは「役者は忙しいから時間も大事なの。この時間で、とお願いすると、必ず2分前に届けてくれた。においにつられて、また誰かが頼んで、の繰り返しでした」。

 盛りが大きいのは開店当初から変わらなかった。これは冨澤さんの食事量に合わせた。多い日は1日、米を20升炊いた。十数種類で始めたメニューは、テレビでヒントを得たり、客の注文に合わせたりするうち、「裏」も合わせて100を超えた。休みは日曜日だけ。ぎっくり腰になっても、鍋を振っているうちに治った。「量が多くたって、きれいにたいらげてくれる。それが気持ちよかった」。東日本大震災があった日も出前の注文が相次ぎ、午前2時まで温かい食事を届けた。

 これまで、危機がなかったわけではない。バブル崩壊の時も危なかった。だが、新型コロナはこれまでの、どのピンチとも違った。4月の緊急事態宣言後、来客が激減。在宅勤務の影響か、出前も1日で数件の日もあり、売り上げは3割ほどに落ち込んだ。助成金は得たが、従業員3人と店を守るのは難しかった。「生活するために店を続けてきたが、店を続けるほど、生活が苦しくなっていった」

 ビルの大家は「店を続けたい時期まで続けて」と家賃を減額してくれた。夜10時の閉店後、従業員らとの話し合いを重ね、「来夏の東京五輪までは頑張ろう」という話も出たが、みな年齢は65歳を超えていた。最終的に閉店を決意した。「もともと一代限りって決めていたから。でもね、本当は続けたかったよ」

 ひっそりと閉店するつもりだっ…

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