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 東日本大震災の後、宮城県内に計2万2千戸がつくられたプレハブ仮設住宅。県内最後の入居者が退去した名取市の仮設団地で今、解体作業が進む。被災者が苦楽をともにし、再建へと巣立っていった場所は、今年度中にはすべて更地に戻る。

 津波で街ごと流された閖上地区から約10キロの新興住宅地。愛島(めでしま)東部仮設団地は震災2カ月後に完成した。約25平方メートルの住戸が連なる長屋が24棟、全部で182戸。閖上の街づくりに時間がかかり、名取市は9年を経た今年3月、ようやく復興の達成を宣言した。仮設最後の1世帯は4月末に出ていった。

 解体が始まったのは7月半ば。県内大手の解体業・東北黒沢建設工業(仙台市若林区)が、1億700万円で請け負った。

 まず室内を片付ける。エアコンは持って行った住人が多いが、ガス台やカーテンはほとんどが残されている。ユニットバスや流し台も運び出し、続いて内装材の撤去にとりかかる。

 驚くのは、廃材の分別に手間をかけていることだ。手作業で壁の石膏(せっこう)ボードをはがし、断熱材のグラスウールを取り出す。窓のアルミサッシとガラスも仕分ける。金属、木くず、プラスチック、ガラス……。種類ごとに別々の中間処理施設に運び、リサイクル率は9割に達するという。

 骨組みだけになると、強力カッターをとりつけた重機の出番だ。屋根板をベリベリはがし、鉄骨をぶった切ってゆく。団地全体を下請け4社に割り振り、各ブロックで1棟ずつ解体を進める。作業員は最大35人。9月上旬、上屋の解体が半分終わったところだ。

 東北黒沢建設工業の千葉和夫さん(60)が、現場代理人を務める。

 震災直後には重機で岩手県陸前高田市に駆けつけ、自衛隊と一緒に道路を塞いだがれき撤去に当たった。作業中に何度も遺体を見つけたが、「俺たちの使命」と踏ん張った。次の2年間は気仙沼市の現場。新たな防潮堤をつくる前、津波で壊された防潮堤を撤去する仕事だった。解体業者は災害復興の一番先頭で働き、最後の仮設住宅の撤去も担う。「これも因縁だと感じました」

 千葉さんはあるとき、仮設の風除室のすきまに住民が忘れていったおもちゃを見つけた。「小さな子が、狭い場所で遊んでいたんだな」。そう、思いを巡らせたという。

 来月からは基礎やアスファルト…

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