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 菅義偉首相が首脳外交を本格的にスタートさせた。米中の覇権争いが激化するなか、安倍政権の継承を掲げる首相が、両国とどんな首脳関係を築いていくのか。安全保障分野でも、「敵基地攻撃能力」をめぐる議論にどんな結論を出すのか、注目が集まる。

拡大する写真・図版菅政権が直面する外交・安全保障の課題

 「24時間いつでも電話してほしい」。トランプ米大統領は20日、菅首相との初めての電話会談で、そう伝えたという。首相は記者団に対し「非常に手応えを感じている」と語った。

 外交手腕は未知数とされる菅首相だが、官房長官時代から歴代の駐日米国大使とパイプを保ち、日米同盟の重視では一貫している。

 安倍政権では基地負担軽減相を兼ね、沖縄県の米軍北部訓練場の一部返還や、米空母艦載機の発着訓練移転に向けた馬毛島(鹿児島県西之表市)の買収を主導した。日本政府高官は「米国は菅氏のことを、『約束を果たす政治家』として評価している」と言う。

 菅政権にとって秋以降の大きな課題となるのが、在日米軍の駐留経費交渉だ。5年に1度の見直しで、トランプ氏は同盟国に大幅な負担増を求めており、11月の大統領選次第では早速、厳しい局面を迎える。

 安倍晋三前首相はトランプ氏と個人的な関係を築き「貿易交渉などで防波堤となった面もある」(政府関係者)とされるが、菅首相と米大統領との関係は始まったばかりでもある。

今井秘書官去り、官邸主導は…

 米中対立が激しさを増し、国際社会が香港国家安全維持法への批判を強めるなか、中国とどう向き合うかも問われる。習近平(シーチンピン)国家主席の国賓訪日も、新型コロナ禍で延期されたまま実現のめどが立たない。

 安倍政権では「自由で開かれたインド太平洋」を唱え、中国に対抗するため日米豪印の外交・防衛協力を強めた。同時に、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への協調姿勢を示し、日中関係の改善も図った。

 「保守層に軸足を置き、対中強硬に振れがちな安倍氏を、経済産業省出身の今井尚哉秘書官が引き戻し、結果としてバランスをとってきた」と政府関係者は振り返る。今井氏が政権中枢から遠ざかり、茂木敏充外相が再任されたことから、「外交は官邸主導から外務省主導に戻るだろう」(政府高官)との見方もある。

 一方、これまで菅氏はインバウンド(訪日外国人観光客)増加の旗を振り、中国との経済的つながりを重視してきた。菅政権の誕生に尽力した自民党の二階俊博幹事長も、習氏の早期訪日に期待感を示す。中国と戦略的に関係改善を進める政権の対中シフトは、基本的に維持されている。

 ほかにも、徴用工問題で「戦後最悪」といわれるほど冷え込んだ日韓関係の改善や、安倍氏がロシアのプーチン大統領と27回の首脳会談を重ねても打開できなかった北方領土交渉など、課題は山積している。

岸防衛相起用に込めたメッセージ

 菅氏は防衛相に安倍氏の実弟である岸信夫氏を起用し、安倍氏の側近である北村滋国家安全保障局長を再任した。自民党国防族議員は「安全保障政策でも安倍路線を引き継ぐとのメッセージ」と受けとめる。

 「継承」の行方が注目されるのが、安倍氏が首相退陣の直前に出した「ミサイル阻止に関する安全保障政策の新方針」についての談話だ。年末までにあるべき方策を示すとして新政権に判断を委ねつつも、敵基地攻撃能力を保有すべきだとの持論をにじませた。

 岸氏は月刊誌「正論」の昨年3月号で、矛の役割を米軍に委ねていいのかという問題意識も理解できるとして、敵基地攻撃能力について「潜在的には議論の余地がある」と述べている。

 連立を組む公明党が慎重姿勢を崩していないため、官邸幹部は「菅政権は敵基地攻撃の議論に踏み込まない」とみる。一方で自公の連立政権合意には、新たに「防衛力強化」が明記された。ある政府高官は「菅氏は現実的な人。必要と踏めば保有へと進むのではないか」との見方を示す。

 岸氏の起用は対外的な波紋も呼んでいる。岸氏が親台湾派で知られていることから、中国外務省の汪文斌副報道局長は16日の定例会見で、祝意を述べたうえで、「我々は日本が『一つの中国』原則を順守し、いかなる形でも台湾側との公式往来を避けるよう希望する」とクギを刺した。

 中国の外交当局関係者は「岸氏個人の親台湾的な政治的立場は隠しようがない。それが日本の防衛政策に反映されるかどうかを見極める必要がある」と語る。(二階堂友紀、北見英城、寺本大蔵、北京=冨名腰隆)