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 安政南海地震(1854年)による津波の後に造成された広村堤防(和歌山県広川町)に、津波などで生じたがれきが使われていたことを裏付ける新文書が見つかった。地元の防災学習施設館長は「災害がれき処理の先例」と注目している。

 広村堤防は長さ約600メートル、高さ約5メートル。「稲むらの火」で知られる実業家、浜口梧陵(1820~85)が地震と津波からの復興事業として建設を進めた。現在も堤防の役割を果たしている。

 浜口の偉業や津波の教訓を紹介している施設「稲むらの火の館」(広川町)によると、そのおもな目的は、次の津波への備えや畑を失った農家らを救済するための雇用創出と伝えられてきた。堤防の資材をどこから調達したのかは、判然としていなかったという。

 今回見つかったのは、明治期ご…

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