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 2000年の噴火で4年5カ月にわたって全島民が島外で避難生活を余儀なくされた伊豆諸島の三宅島(東京都三宅村)。島の中心にある雄山は20年から60年の周期で噴火を繰り返し、住民たちは火山と共存してきた。あれから20年。暮らしの再建はどこまで進んだのか。

 9月5日朝、調布飛行場を飛び立つプロペラ機に乗り込んだ。19席のうち、乗客は3人。新型コロナウイルスの影響で観光客が激減しているという。50分で島に到着。レンタカーで30分ほど走ると、溶岩が積み重なっている場所が現れた。近くには「ジオスポット」の看板が立ち、メカニズムが詳しく書かれていた。

 村が主産業と位置付ける観光業は、噴火で苦境に立たされた。1970年代の離島ブームには年間で10万人を超える人が訪れたが、海外旅行が身近になり、行楽が多様化すると観光客は徐々に減少。ここ10年余りは3万人台で推移する。

 宿泊施設も減った。噴火前は90軒ほどあった民宿やペンションは30軒ほどに。建物の老朽化も進み、後継ぎがいない施設も多い。ヤマノベ旅館の田中康祺(こうき)さん(80)は「娘2人は島外にいて、今さら呼び戻せない。投資するにも二の足を踏む。体の無理がきかなくなったら終わり」と話す。島全体が国立公園に指定され、大規模な開発もしにくいという。

 ただ、観光に携わる人は多い。観光資源を増やそうと、村は都と協力し、エコツーリズムの準備を進めてきた。20年前の噴火では噴煙が約1万4千メートルに達し、標高775メートルの雄山は山頂部が直径1・6キロ、深さ約500メートルにわたって陥没した。エコツーリズムは、普段は入れないふもとから頂上付近を認定ガイドが案内してくれる。村の担当者は「火山によって生み出される独特な景観を見に来てほしい」と話す。

 漁業や農業でも新たな取り組みが続く。

 池田大純(ひろずみ)さん(2…

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