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 75年前の太平洋戦争末期、燃料用のイモの増産のため、朝鮮半島から徴兵され、農作業に従事した人たちがいる。陸軍の「農耕勤務隊」だ。秘密裏に組織され、県内にも駐屯したが、戦後すぐに解散となったため詳細は不明な隊の記録と証言をたどった。

 農耕勤務隊は1945年1月30日の軍令によって編成され、5隊に分かれ、日本全国に散った。浜松市東区の近代史研究家、竹内康人さん(63)は、2011年、日本政府から韓国政府に渡された軍人軍属関係名簿から「第一農耕隊半島兵留守名簿」を閲覧、コピーした。10中隊分、約2530人の氏名、住所などが記されており、ほぼ全員が静岡県内に配置されたとみられる。

 このうち第4中隊の名簿には「静岡縣駿東郡富士岡村役場」の事務用便箋(びんせん)が使われた。富士岡村は現在の御殿場市。主に朝鮮の黄海道(現・北朝鮮黄海北道、黄海南道)から動員された人たちが同村で農作業にあたっていたことがわかる。

 韓国の軍人軍属が日本政府に補…

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