拡大する写真・図版誕生日にケーキを贈られ、笑みを浮かべる稀勢の里(現荒磯親方)。力士が食べれば、ケーキも「ちゃんこ」だ=2015年7月3日

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 「ちゃんこ」

 相撲好きでなくても、この言葉を聞いたことがあるだろう。ところが、大多数の方は、こんな勘違いをしている。同僚もほぼ全員そうだったのだが、「ちゃんこ=鍋」だと思っている。

 「ちゃんこ」は、力士の食事のことで、お相撲さんが食べれば、カレーだろうがハンバーガーだろうが、それがちゃんこだ。

 力士がよく食べる鍋料理も、ちゃんこの一つに過ぎないのだが、ちゃんこと言えば鍋、というイメージが定着してしまっている。

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 そもそも、なぜ「ちゃんこ」と呼ぶのか。

 諸説ある。だから確実なところは分からない。ただ先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)が教えてくれたのは「親方と弟子が一緒に食べるからだよ」。往年の時代劇「子連れ狼(おおかみ)」をご存じだろうか。乳母車に乗った幼子の大五郎は、父を「ちゃん」と呼ぶ。ちゃん(父)と子で、ちゃんこだ。

 相撲部屋の鍋。お世辞抜きで、とにかくうまい。「おいしい」より、「うまい」と、うなってしまう言葉がぴたりとくる。私が初めて食べたのも由来を聞いた佐渡ケ嶽部屋だった。大鍋で煮込まれ、肉や野菜の具材から大量のダシが。それをしっかり吸った油揚げ。しなしなになったキャベツと一緒に鶏肉をかみしめると、ダシと肉汁がじゅわーっ、と口に広がる……。

拡大する写真・図版佐渡ケ嶽部屋の琴奨菊(右)と琴欧洲(現鳴戸親方)。稽古後に風呂に入り、まげを結い直してから食事につく力士は、パンツ一丁、バスタオル一枚で食事することが多い。この右手に土俵がある=2007年5月16日

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 調理にまつわる話は、少し後で語るとして。

 大相撲秋場所の真っ最中だ。力士は食べることも大切な仕事だ。たくさん食べることを角界隠語で「えびすこ」というが、えびすこを決めよう(たくさん食べよう)という時に、まずい料理では話にならない。そのせいだろう。相撲部屋の料理は、すべてがうまい。

 「ちゃんこ=鍋」のイメージは、名門・出羽海部屋で生まれたと言われている。明治末の出羽海部屋は、部屋に何人所属しているのか把握できないくらい、大勢の力士がいた。そんな時代に、大人数でも食べられるようにと、鍋が出されるようになったらしい。この習慣が他の部屋にも広がったとされる。

 ちゃんこは、それぞれの相撲部屋で力士が調理する。「ちゃんこ長」と呼ばれるベテラン力士が指揮し、毎日大量の料理を出している。ちゃんこ長に実力上位者はまずいないが、料理の腕はプロ顔負けだ。

 国技館のある両国には、何軒もの「ちゃんこ屋」が味を競っている。引退したちゃんこ長たちが腕をふるう店も多い。

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 ところで――。

 「きょうは、いい練習になりました」

 大学出に多いのだが、関取になっても、そんなことを言う力士がいる。それを聞いた親方衆がつい、愚痴を漏らすことがある。

 「あいつは、いつまでたっても、『ちゃんこ』が染みねえなあ……」

 角界の習慣になかなか染まらない、といった意味だ。ちなみに、角界での言い方は「練習」ではなく、「稽古」である。

 もう一つ。

 「ちゃんこが染みない」というのは、いつまでたってもろくな記事が書けない相撲記者に、現場責任者のキャップが嘆く言葉でもある。20年ほど前、私もよく言われたもんです。

相撲部屋のちゃんこ、なぜうまい?

 東京・日本橋人形町にかつて、相撲解説者の北の富士勝昭さん(元横綱)が愛した「ふじ井」という力士料理の店があった。

 店主だった藤井光和さん(72)は井筒部屋の元力士で、大関霧島(現・陸奥親方)や関脇寺尾(現・錣山親方)の大先輩だ。北の富士さんは、ここの小料理と鍋を愛し、三日にあげず通っていた。

 元横綱が通い詰めるほどの腕をふるった藤井さんに尋ねた。なぜ、相撲部屋のちゃんこはうまいのか。

 「ひとつは、スープだよ」

 家庭で作る鍋との一番の違いがダシだ。相撲部屋の鍋は、お湯から炊くのではなく、「そっぷ」と呼ばれる鶏ガラでじっくりと取ったスープを使う。

 ところで、力士はよく験を担ぐ。白星が重なれば、1週間くらい髪を洗わないことなど、ざらだ。そんな力士の験担ぎにぴったりなのが鶏肉だ。二本足で立ち、地面に手をつかない。“負けない”ニワトリほど、力士にとって縁起のいい食材はない。

 「鶏ガラをね、骨が煮崩れるまで、徹底的に煮込むんだよ。それと、大量の野菜くず」。こうして取ったダシで具材を煮込んだのが、いわゆる「ちゃんこ鍋」だ。スープには味がつけてあり、鍋からすくって、そのまま食べる。

 一抱えもある大鍋で煮込まれ、スープに加えて、具材からもどんどんダシが出る。これが、うまい。

 藤井さんが語る、もう一つの「うまい理由」は、「雰囲気だね。でっかい鍋を力士と一緒に囲めば、そりゃあ、うまいよ」。

 部屋のタニマチ(有力後援者)の中には、味のひけつを聞きたがる人もいる。だが、正確にレシピを伝えても、力士たちと同じ鍋を囲む、あの味にはならないらしい。

 最後に、もう一つ。

 「味付けだね。相撲部屋のちゃんこは、ひとくち目がうまいでしょ?」

 言われてみると、部屋のちゃんこは味が濃い。力士は、真冬でも稽古で大量の汗を流す。さらに、ご飯をもりもり食べられるよう、鍋だけでなく、一品一品の味付けが濃いのだ。

 「でもねえ、その味では、店はやっていけないんだよ」

 その理由とは――。

 「相撲部屋のちゃんこは一口目…

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