拡大する写真・図版イラスト・ふくいのりこ

[PR]

 私たちの生活の中には、便利なアイテムがあふれています。それらは主に、いわゆる「普通」の生活を想定して作られていますが、寝たきりという「非日常」でも大活躍でした。寝たきり生活の知恵を紹介する後編の今回は、みんなにとっての便利が意外なところに応用されたというお話です(このコラムは、主に4月に執筆したものです)。

スタートダッシュに成功

 今年2月、私は小児がん(ユーイング肉腫)の晩期合併症で骨盤を骨折しました。外科的な治療のしようがないので、ベッドで寝ながら時間が解決してくれるのを待つしかありません。3月末までの予定で始まった自宅療養は、5月末まで延期になりました。とはいえ、一定期間の安静を要する骨折も、今回で3回目。もう慣れたものです。助走期間みたいなものは必要なく、最初から全力で寝たきりモードに切り替えます。骨折療養中の目標は、仕事や勉強は忘れて、心の充電に努めること! 過去には、やりたかった勉強やスキルアップに励んだこともありましたが、痛みなどの症状に遮られて思うように進まずフラストレーションに・・・。早く日常に戻りたいという感情に、「焦りは禁物」と理性が言い聞かせている最中においては、不協和音でしかありません。骨折療養という本筋からそれないためにも、邪念の原因を取り除いて、精神衛生を保つことも重要だという結論に行き着きました。

 何事も、最初が肝心です。安静を徹底すると決めた次の瞬間にとりかかったのは、環境整備でした。このスタートダッシュが決め手となり、快適な骨折療養につながったのです。そこで大活躍したアイテムを紹介していきます。

朝から晩まで天井を眺めているので・・・

大活躍アイテム① 調光・調色ライト

 照明は、色や光の強さを変えることで、料理がおいしく見えたり、仕事に集中できたり、寝る前にリラックスしたりと、インテリアとして多くの人にとってなじみ深いものだと思います。これまで私の部屋の天井についていたのは、白い光の照明でした。ベッドに寝転がるとまぶしかったのですが、自室にいるのは寝るときくらいだったので、あまり気にはしていませんでした。けれども、朝から晩までベッドから天井を眺めていると、まぶしくて仕方ありません。次に骨折したら照明を変えようと思っていたのを、実行に移すときがやってきました。色と光の強さが変えられるだけで、こんなに過ごしやすくなるなら、もっと早く変えればよかったなあ。

 ちなみに、どうして、そんなにまぶしいかというと、過去の抗がん剤治療が影響しています。15年くらい前から、外に出るとまぶしくて、目がしょぼしょぼするので、サングラスをかけるようになりました。ここ2、3年は、もともとの乱視も相まって、夜間運転時のライトが一段とまぶしくなったので、夜用のドライブ用レンズを採り入れています。対向車のヘッドライトや街灯の光の飛び散りをシュッとまとめてくれるので、光に目がくらむことなく安心です。スマホやPCの画面の照明も、暗めの設定がデフォルトになりました。

まさに神アイテム

大活躍アイテム② タブレット、電子ペン、スキャナー

 なんと言っても、大本命は、この子たち。これらの便利さは、解説もいらないくらい、多くの人の生活を豊かにしてくれています。前回のコラムで、ベッドで快適に過ごすためには、物の配置が大切だと書きました。その上で、数を厳選する必要があるという点にも触れています。それに貢献してくれたのが、タブレットと電子ペンだったのです。これさえあれば、紙不要、文具不要。物を取りに行かなくていいし、一つで何役もこなしてくれます。まさに、神アイテムでした。

 それと合わせて、スキャナー。紙って、かさばるし、意外と重たいですよね。それに、検索性も悪い。骨折を重ねる度に、分厚い会議資料など、紙の束を持つのがつらくなってきました。紙ベースの職場なので、せめて家の書類は全部電子化したいというのが、私の希望です。なかなかじっくりと選ぶ時間を作れなかったけれど、寝たきり中の有り余った時間のおかげで購入に至りました。OCR(光学文字認識)付きで電子化したら、PCやタブレット、スマホで検索するだけで、ほしい資料がパッと出てくる快適さ。すばらしいの一言です。

前向きな現実逃避

大活躍アイテム③ 本

 時間を忘れて、本の世界に没頭できるのは、幸せな時間です。油断すると、骨折の痛みしか拾えなくなるので、読書は、前向きな現実逃避にもってこいなのです。ここまでの流れだと電子書籍と思われるかもしれませんが、本は紙媒体で読むのが好きです。骨折療養中に読む本は、フィクションに限るというのが、私の中の定石です。実用書など、現実と結びつきやすいものだと、日常に早く戻りたいという気持ちを誘発し、痛みを判別するときのノイズになってしまいます。焦って早く座り始めても、いいことはありません。十分すぎるくらい安静を徹底した方が予後がよいという経験則を信じて読み進めた結果、骨折から1カ月で読んだのは15冊でした。

生活の乱れの極み

 これらを踏まえて、自宅療養中の生活を振り返ると・・・。動画配信サービスで映画をひたすら見る。映画を見るのが好きだし、手ぶらで楽しめるので、寝たきりにはぴったりの娯楽です。「ひたすら」というのは、寝食を忘れるレベル。痛みで夜も眠れない日が続いたり、ずっと寝ているからおなかがすかなかったり、生活の乱れの極みです。仕方なし。

 映画を1、2本、2~4時間くらいに加えて、金融や外務省、中小企業、証券会社などを舞台にしたビジネス系の連ドラを1日に1シリーズ(10話くらい)だから10時間。毎日、計12~14時間くらい見ていたようで・・・。自分でもびっくり。

 本を読む、ひたすら読む。寝たまま本を持ち続けるのは、けっこう疲れます。映像でやり過ごした時間のおかげで、本を持っていられるくらいには回復し、気になっていた小説たちなどを読破。

 スキャナーの働きぶりに感動。主な娯楽にも飽き、痛みも落ち着いてきたころ。現実に戻る余裕が出てきたので、電子化に励む。手始めに、家にある写真をひたすら電子化すること3500枚。あっという間だった。もう少し元気になったら、書類たちを。

無心でチクチク

 刺繡(ししゅう)に手を出す。特別に強い動機があったわけではありません。急にまとまった時間ができると、やるべきことはたくさんあるはずなのに、何をしたらよいのか分からなくなる。そんなことはありませんか? せっかくなら、普段できない、もしくはしないことをと、フランス刺繡にチャレンジ。だけど、芸術的なセンスが皆無の私は、何を作ったらよいのか分からない上に、無駄な物は作りたくないという現実主義者ぶりを発揮。スキャナーのホコリ防止でカバーを作ることにしたのはよいけど、図案が決まらない。描きたいものもなければ、絵も下手だし、迷走すること丸3日。じゃあ、なんで刺繍? という、もっともな疑問には目をつぶっていただくとして・・・。「よし、愛猫の模写にしよう!」って、いきなりレベルが高すぎる気がするけど、気にしない。「レイちゃん(猫の名前)、待っててね~」。普段というか、これまで手芸をほとんどしたことのない私でしたが、やってみると意外と楽しいことに気がつきました。無心でチクチクするのは、骨折療養に向いているのかもしれません。

不安定な気持ちと折り合い

 週替わりで、映像、本、スキャン、刺繍、これらを2回ほど繰り返しました。こうして振り返ると、せわしない感じも。もっとバランスよく楽しむこともできるはずなのに、映画なら映画、本なら本、やり始めたら一生懸命に見たく、読みたくなってしまうのです。正確には、一生懸命にやりすぎて疲れ、次の娯楽に移る、そんな感じです。裏を返せば、何もしていないと、自分だけが世間から取り残されているような不安にかられる私が隠れています。ただでさえ、意に反して、日常の中断を余儀なくされているのだから、無理もないでしょう。焦燥感と隣り合わせに娯楽を楽しむためには、盲目になることも必要です。そんな不安定な気持ちと折り合いをつけながらも、それなりに療養生活を満喫できました。もうそろそろ寝たきりでいることにも飽きてきたし、座りたいし、外に出たい! 少しずつ、座る練習を始めることにしました。

《読者のみなさまへ》

 この度、このコラム「彩夏の〝みんなに笑顔を〟」は、年内をもって連載を終える運びとなりました。丸8年という長期にわたって続けてこられたのは、ひとえに読者の方々のおかげです。これまで一方通行で発信しておりましたが、最後は、少しでもみなさまと双方向のやりとりができればいいなと考えました。そこで、みなさまからの質問を募集します。ご意見、ご感想なども、大歓迎です。病気や治療、障害のことをはじめ、それ以外のことでも構いません。どしどしお寄せください。これまでの感謝を胸に、次々回以降のコラムで可能な限りお答えしていきます!

募集期間:10月末まで

宛先:樋口彩夏 メール:higuchi.ayaka.2@gmail.com

<アピタル:彩夏の〝みんなに笑顔を〟>

http://www.asahi.com/apital/column/ayaka/(アピタル・樋口彩夏)

アピタル・樋口彩夏

アピタル・樋口彩夏(ひぐち・あやか)

1989年、東京生まれ。中学2年の時、骨盤にユーイング肉腫(小児がん)を発症。抗がん剤、重粒子線などの治療を経て、車いすでの生活に。「いつ、誰が、どんな病気や障害をもっても、笑顔で暮らせる日本にしたい!」を目標に日々、奮闘中。当事者の視点から建設的に伝えることをモットーに執筆・講演も行っている。