拡大する写真・図版入院していた40歳のころに書いた「夢」と題した詩。「私もかごの鳥」「病院にない空気を思いっきり吸いたい」とつづった=群馬県太田市

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 約40年精神科病院に入院した統合失調症の男性が、国の精神医療政策のために長期入院を余儀なくされたとして、国に賠償を求めて30日、東京地裁に提訴した。男性側は、精神障害者が地域で暮らす環境整備を国が怠ったために、自由に暮らす権利を奪われ人権を侵害されたと訴えている。

16歳、妄想に襲われ

 「人生の大半を病院で暮らし、結婚する機会も自由な時間も失った。退院したいのにできない人がいなくなるよう、患者の身になる政策を国が責任をもって行ってほしい」。原告の伊藤時男さん(69)はそう語る。

拡大する写真・図版「うれしいなあ。ここが俺の城」。新居に引っ越し、新しいベッドに腰かけてそう語る伊藤時男さん=群馬県太田市

 群馬県太田市内のアパートで、通院を続けながら一人で暮らしている。通算四十数年の入院を経て61歳で退院し、地域で生活して8年になる。

 少人数で暮らすグループホームから、あこがれの一軒家での一人暮らし、そして今夏、広い部屋に引っ越した。10畳のLDKと6畳の洋室。新しいソファやベッド、友人らの宿泊用のふとんもそろえた。「ここが俺の城。自分が選んだ場所で暮らせ、どこに行くのも自由。夢のよう」と目を細めた。

 16歳だった1968年、高校を中退し、神奈川県内のレストランで働いていたときに躁(そう)状態になり、妄想に襲われた。父が連れて行ったのは東京都内の精神科病院だった。

拡大する写真・図版入院していた時に働いていた養鶏場の出勤日や報酬を記録したノートを手に語る伊藤時男さん=群馬県太田市

 22歳のとき、父の意向で実家のある福島県内の病院に転院。息子の幸せを考え、父も葛藤したのだろうと思い「模範患者になり、早く退院しよう」と心に決めた。作業の一環で、養鶏場などで懸命に働き、症状も落ち着いた。

 だが、退院したいと医師らに伝えても、かなわなかった。40代のころには働く意欲も失せ、退院を口に出したくても出せなくなっていった。

東日本大震災が思わぬ転機に

 古びたノートに、「夢」という題の詩が残る。1992年、40歳のころだ。

 外に出たい かごの鳥 毎日 …

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