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 蛍光顕微鏡という装置でこの画像を見たとき、最初に浮かんだ感想は「きれいだな」でした。まるで花火のようで。そして、iPS細胞をもとにした神経の再生医療が現実のものになり得ることを実感することができました。2007年ごろに撮影したものです。

 マウスのiPS細胞から、まず神経細胞のもとになる「神経幹細胞」をつくり、そこからさらに中枢神経で働く細胞に分化させました。それがこの画像で、中央の黄緑色がニューロン、赤色がオリゴデンドロサイト、外側に広がる青色がアストロサイトで中枢神経を構成する重要な3種類の細胞です。

拡大する写真・図版マウスのiPS細胞をもとに、中枢神経で働く3種類の細胞に分化したことを示す画像=中村雅也さん提供

 iPS細胞は体を構成するいろいろな細胞になることができますが、病気の治療で使えるようになるには、目的の細胞にしっかり分化してもらわなければなりません。神経の治療に使いたいのに、筋肉や骨の細胞ができてしまっては困るし、腫瘍(しゅよう)になってしまえばもっと問題です。iPS細胞からニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトという三つの細胞になるよう誘導できるようにすることは、臨床応用を目指す私たち研究チームにとって欠かせない課題でした。

 私たちは生理学教室の岡野栄之(ひでゆき)教授たちと共同で、事故などで傷ついた脊髄(せきずい)の機能回復をめざす再生医療の研究を1990年代の後半から続けています。

 当初は、人工的に妊娠中絶された胎児の中枢神経から幹細胞を取り出して培養し、患者に移植する手法を目指しました。もうまもなく臨床研究、という段階まで進みましたが、中絶胎児に由来する組織を使うことを倫理的にどうみるかという議論があって、臨床研究は断念することになりました。

 受精卵をもとに作製し、やはりいろいろな細胞に分化する能力がある胚(はい)性幹細胞(ES細胞)を用いた研究もしていました。しかしやはり、受精卵をもとにした細胞を使うことへの倫理的な議論が国内外で起こっていて、研究を進めることはできませんでした。そんなころ、成熟した細胞を出発点にしつつ多分化能をもつiPS細胞を、京都大の山中伸弥教授が開発したのです。

ちょうどよい分化 移植に欠かせず

 山中先生からiPS細胞を提供していただき、神経に分化誘導する研究を始めました。どのようにして分化させるかについては、それまで続けていたES細胞での研究が大いに役立ちました。iPS細胞自体も登場した当初と比べて、品質や安全性を高める研究が進められていきましたが、私たちも神経に分化させる際の安全性の向上を目指しました。

 実際に患者に移植する際には、ニューロンなどに完全に分化した状態ではなく、その手前の状態のものを使います。そうでないと、移植した先で細胞がきちんと機能(生着)しないのです。私たちは、移植をする直前に薬品で細胞の分化を一気に進め、移植してからは分化に伴う細胞分裂を抑える方法を開発しました。移植後に細胞分裂する回数を少なくすることで、腫瘍ができるリスクを低くすることができるのです。

 私はもともと、脊髄の再生をしたくて整形外科医になりました。きっかけは、大学2年のときに後輩が事故で脊髄損傷になってしまったことです。なんとか脊髄損傷を治せないのか、当時は再生という概念がなかったので、脊髄損傷というのはどういう病態なのか、少しでも改善するにはどんな薬が必要なのか、そんな研究を私も目指しました。

 90年代の初め、ラットの中絶胎児由来の細胞を脊髄に移植するという論文が海外で発表されました。95年には神経の幹細胞を増やせるという内容の論文を目にし、自分もそうした研究に携わりたくて渡米しました。

ワシントンで桜を見ながら……

 しかし、ワシントンD.C.にある滞在先の大学では思うように研究を進めることがなかなかできず、ストレスがたまっていたんです。そんなころ、当時は大阪大学に在籍していた岡野さんが我々とは別の仕事でワシントンD.C.にやって来ました。

 99年の春でした。ポトマック川で咲く桜を見ながら「最近どうしてる?」と岡野さんに聞かれて、「神経幹細胞の培養について学びたいのだけれど、なかなかできなくて」とぼやいたんです。そうしたら「だったら阪大に来いよ、教えるから」と。いったん帰国して1カ月、阪大の岡野さんのところでみっちり培養方法を教えてもらい、その手法をもとに米国で研究を続けました。

 私は2000年の10月に帰国、岡野さんも01年4月に慶応に戻りました。私は岡野さんとはまさに一体となって脊髄の再生に取り組んできました。

拡大する写真・図版なかむら まさや=慶応義塾大医学部整形外科学教授。米ジョージタウン大学客員研究員、慶応大医学部准教授などを経て現職。同医学部学部長補佐を兼務

 iPS細胞をもとにした脊髄損傷治療のための臨床研究の計画は、厚生労働省の部会からも了承され、実際の患者さんへの移植に向けた準備を進めています。iPS細胞から3種類の神経の細胞が、まるで花火のように広がる画像を確認してから10年以上がたちましたが、ようやく本当のスタートラインに立ちつつある、と感じています。むしろ、大変なのはこれからですね。

 まずは事故などで脊髄が傷ついて2~4週間の「亜急性期」という段階の人が研究の対象になりますが、いずれは受傷からしばらく時間がたった「慢性期」の人たちへの治療も目指して研究を進めています。

 いまは脊髄損傷への再生医療が最大のテーマですが、将来的には、脳卒中など神経細胞がかかわるほかのさまざまな病気への治療応用にも展開したいと考えています。iPS細胞を神経の再生医療に使える、あの画像を目にしたときの確信が、いまも自分の研究を支えています。