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 認知症でも、自分らしく、希望を持って暮らせる社会を――。1日に施行された、東京都世田谷区の「区認知症とともに生きる希望条例」。制定には認知症の当事者や家族が参加し、その思いが盛り込まれた。区によると、こうした条例は東日本で初めて。

 「条例のなかに、『希望』の言葉が入っているのがよいですね」。条例をつくる際、有識者らでつくる検討委員会の会議には当事者も加わった。その一人、長谷部泰司さん(80)は「絶望じゃなくて希望を話したい」と話す。

 5年ほど前、家族が住む区内に大阪府から引っ越しをした。ヘルパーなどの支援を受けながら一人暮らしを続けている。

 以前は会社を経営し、競争の中に身を置いた。年を重ね、仕事から離れると、次第に記憶が途切れることが増え、生活費を無くすなどの失敗も経験した。「老いに戸惑い、感情的になって家族を傷つけることもあった」と振り返る。

 だが、家族やケアマネジャー、医師とのやりとりを重ねるうちに「老人としての自分を受け入れられた」と語る。「認知症でも、周囲の手があれば自律して自分らしく生きることができる。いら立ちや絶望ではなく、希望があるんだと伝えたかった」

 今通っているデイサービスでは、他の参加者に話しかけ、苦労を聞き、いたわり合うことにやりがいを感じる。長谷部さんは「子どもが大人になる時に周囲の手が必要なのと同じように、自分を老人として育てていく過程に手を貸してほしい」と呼びかける。

 条例には、当事者の声が盛り込まれた。当初、当事者に対する区民の立場は「サポーター」と表現されていたが、「対等な関係がよい」との意見があがり、「パートナー」に変更された。認知症の本人を理解し、ともに歩み、支え合う存在、と位置づけた。

 検討委の会議で「パートナー」の使用を提案した女性(69)は、若年性認知症と診断された後も、定年まで中学校などで美術講師として働いた。退職後、仕事やボランティアをできる場を探したが受け入れてくれる場を見つけるのに苦労した。「自分の力を役立てられる場を探している。条例で区がどう変わっていくのか期待している」

 長谷部さんのケアマネジャーを務めるNPO「はぁと世田谷」の鈴井章子さんは、条例が認知症の「予防」には触れず、区民に「備え」を求めている点を評価する。

 これまで「予防」が強調されてきたことで、認知症になった人たちは、「予防できなかった」と自分を否定しがちだったと説明する。「認知症は誰でもなる可能性がある。より良く暮らしていくために備え、認知症になった後もその人らしさを受け入れる場をつくるという区の姿勢は多くの人の励みになるはず」と話した。

 区は今春、在宅支援施策の推進拠点となる「認知症在宅生活サポートセンター」を開設した。今後は条例を元にこれまでの事業を展開していく。(国米あなんだ)