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 福島県双葉町に1日にオープンした町産業交流センター(エフ・ビック)。1階フードコートに、原発事故前、地元の高校生らに20年余りにわたって愛されていたファストフード店が、13年ぶりに営業を再開した。「思い出の味で町を懐かしんでもらいたい」と、当時の店長だった女性は願いを込める。

 「おばちゃん元気だった?」「開店おめでとう!」。1日午前、開店したばかりのファストフード店「ペンギン」の前には、当時店長だった吉田岑(たか)子さん(75)を囲むなじみ客の輪ができた。「事故でみんな離ればなれ。こうして集まってくれるのはうれしいよね」と吉田さんは笑顔を見せた。

 ペンギンは1982年、JR双葉駅前にオープンした。もともとあった吉田さんの自宅兼燃料販売店の一角を改修し、調理場と20人ほどが飲食できるスペースを設置。ソフトクリームやシャーベットを最初に販売したことから、氷菓子をイメージして店名を「ペンギン」にした。

 ハンバーガーやポテトフライ、ドーナツなども販売し、店から南に約1キロの所にあった県立双葉高校や双葉駅を利用して登下校する高校生らで、夕方はにぎわった。次第に吉田さんは「ペンギンのおばちゃん」の愛称で親しまれ、「親や先生には言えない」と悩む子の進路相談に乗ったりもしたという。

 吉田さんは「当時はコンビニやファストフード店が町周辺になかった。若者の憩いの場をつくりたかった」と振り返る。一方、時代とともに町内でもコンビニエンスストアなどが進出し、店に通う子も減った。2007年に閉店した。

 11年3月の原発事故で、吉田さんは埼玉県加須市に避難し、いまも避難生活を続けている。転機は2年前、町からエフ・ビックの建設計画が示され、出店の募集が始まった。だが、「地元出身の店の出店が少ない」と聞いていた。

 前年、吉田さんの長男、知成さん(44)が町内でガソリンスタンドを再開させ、長女の山本敦子さん(48)もスタンドを手伝っていた。「自分はもうお店に立てないけど、家族に店を任せる形でペンギンを復活できないか」。2人に相談し、2人も「地元のためになるならば」と出店を決めたという。

 新店舗の看板メニューの一つが、厚みのあるトーストにハンバーガーの具材を挟んだ「スペシャルサンド」(税込み480円)だ。味はビーフ、フィッシュ、カツの3種類ある。

 吉田さんが当時の店で、高校生らから「ハンバーガーよりもっと食べ応えのあるものない?」と聞かれて開発したメニューだ。カツは3センチほども厚みがあり、刻んだキャベツは柔らかく、ボリューム感にあふれる。

 双葉町は今年3月、双葉駅周辺など一部で初めて避難指示が解除された。事故から9年半。住民の帰還は1年半後の春の予定だ。

 吉田さんは「復興には時間がかかるが、当時、高校生で来てくれた子たちがいま大人の世代。町を懐かしみ、新しい店に来てくれれば、昔の町のつながりを取り戻せるかもしれない」と期待する。「ペンギン」の営業は、平日の午前10時~午後4時。(古庄暢)

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