革新的な洋服づくりで世界的に活躍したファッションデザイナーの高田賢三(たかだ・けんぞう)さんが4日、新型コロナウイルス感染のためパリ郊外の病院で死去した。81歳だった。

 兵庫県姫路市出身。文化服装学院を卒業後、1965年に貨客船でフランスに渡り、修業を経て70年にパリにブティックを開いた。「高級既製服」の草分けの一人とされる。

 直線と面で作る民族衣装の発想を洋服に取り込み、独創性でパリモードの常識を破った。直線裁ちの大きな服で新鮮な印象を与えた。夏物にだけ使われていた木綿を、秋冬物にも使った。タブー視されていた原色づかいや、花柄と縞(しま)の組み合わせで注目された。

 ショーのあり方も、自分の店の中で衣服ごとの番号札を持ったモデルが1人ずつ歩く形態から、大会場で音楽を流し、何人もが同時に踊り、練り歩く姿へ変えた。ハンドバッグでもショルダーバッグでもない「ポシェット」を作り出し、重ね着ルックを提案した。

 93年に「ケンゾー」の社長を退き、株式もルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシーグループに売却。その後は契約デザイナーを務めたが、99年に60歳で退社した。

 仏政府から勲章を受章。日本では78年に6大都市縦断ショーを実施。85年毎日ファッション大賞、99年紫綬褒章などを受けた。

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 高田さんの死去を受けて、パリ・コレクションを主催する「仏オートクチュール&モード連盟」のラルフ・トレダノ会長は、「その独創的な裁断や多文化からの着想、エキゾチックなプリントで、賢三は紛れもなく、西洋と東洋の融合という、ファッションに新しいページを加えることに貢献した」とコメントを出した。