[PR]

 長崎県庁を早期退職し、対馬で長年育てられてきた「あか牛」(褐毛〈あかげ〉和種)の飼育に挑む人がいる。対馬市上県町の居村憲昭さん(59)は県職員34年の大半を水産畑で過ごしたが、ふるさとの縁に導かれて転職。快適な飼育環境を求めて試行錯誤を重ね、「牛飼い」3年目を迎えた。

 同市峰町三根の牛舎を訪ねると、居村さんは一息ついていた。「エサをやって掃除をして、運動場に牛たちを出して。コーヒーを飲みながら、のんびりしている牛の姿を見るのは幸せ以外の何ものでもない」

 1日の仕事は朝6時半前に始まる。牛舎で2時間のえさやりと掃除。畑に出て牧草の種まきや刈り取り。午後、牧草を食べやすく切り、再びえさやりと掃除をして午後6時ごろ終わる。

 雨が降りそうな日は、牧草を急いで収穫する。ロールに巻く作業が終わるのが午前0時という日もある。「生き物相手で休める日はないが、つらいとか辞めたいとか思ったことはない」

 海産物卸売業の家に生まれた。長崎大学水産学部で学び、県庁に水産職で入庁。2016年に対馬振興局農林水産部長に就くまで水産一筋。郷里への転勤であか牛に出会った。

 国内の和牛は黒毛和種が圧倒的シェアを占めるが、対馬は例外的にあか牛が主力だ。振興局によると、対馬で肉用牛を飼育する50戸のうち41戸があか牛を飼い、全飼育頭数342頭の6割、215頭があか牛。山の多い対馬で、性格が穏やかで丈夫なあか牛は農耕や運搬で大きな役割を担い、昔から飼育されてきた。居村さんも幼少期、牛がすきをひいて掘り出したサツマイモを拾った記憶がある。

 対馬勤務で、畜産の現場と接点ができた。牛舎であか牛の体に触れ、体温と優しさが好きになった。市場で牛を引く経験をし、コミュニケーションが肝要だと知ってさらにひかれた。

 あか牛の飼育に携わる人たちとの出会いに背を押され、「牛飼い」への転職を決意。18年春、定年まで4年残して退職し、知人も多く地縁のある対馬で飼育を始めた。

 今飼育しているのは親牛9頭、子牛7頭の計16頭。お産を16回経験したが、死んだ牛はいないという。

 人一倍心がけているのが清潔で快適な飼育環境づくりだ。職員時代、ふんが積み上がり、サシバエなどの害虫が飛び回る牛舎に疑問を抱いたことがあった。「ストレスのない環境を」と、朝夕、ふんを片付けて牛が清潔でいられるよう努める。血を吸うサシバエ駆除のため今年6月、ネットで資金を募り、薬剤も自動散布できる噴霧装置を設置した。「繁殖や育成でよい結果を出し、経営安定の実績を示して、よその牛舎でも『飼育環境を改善しよう』という機運を生み出したい」と話す。

 対馬の肉用牛経営は、子牛を産ませて販売する繁殖経営のみ。1戸平均の飼育頭数は6・8頭と、県平均のほぼ半分だ。ただ、対馬のあか牛は地域に根付いた文化があり、全国的に飼育例も希少。この価値を踏まえれば、あか牛飼育は生き残っていけると居村さんは考える。「自分の牧場を拠点に研修したり、畜産就農のお手伝いをしたりして、移住や就農希望者の受け皿になりたい」と目標を見据えている。(対馬通信員・佐藤雄二)

関連ニュース