【動画】フランシスコ・タレガ作曲「ラグリマ」を演奏する石原圭一郎さん。石原さんは、ささぐちともこさんにギターを教えている=ささぐちさん提供
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 75年前に広島で原爆の被害に遭い、修復された1本の古いクラシックギター。実在するこの「被爆ギター」をモチーフにした児童文学書がこの夏、出版された。広島の女性が、7年をかけて執筆したデビュー作だ。

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 「ラグリマが聞こえる ギターよひびけ、ヒロシマの空に」を書いたのは、広島市西区のささぐちともこさん(59)。長年、趣味で子供向けの創作童話を執筆し、自治体や公共機関主催の小さなコンクールで入賞を重ねてきたが、本を出すのは初。還暦を前に念願の作家デビューを果たした。

 主人公は、広島で生まれ育った小学5年のミオン。近所の古い洋館にいる「怪人」のような怖いおじいさんの正体を追う中で、戦争や家族の歴史を知り、自身の心の傷を乗り越えていく――。物語は創作だが、実在する1本の被爆ギターの存在がもとになっている。

 このギターとの出会いは、13年前にさかのぼる。

 なじみのスペイン料理店で生演奏を聴いて興味が湧き、ギター教室に通い始めた2005年、ギターを通じて井上進さん(65)=広島県海田町=と知り合った。その2年後、井上さんの父・哲夫さん(1995年に76歳で死去)の遺品のギターと出会った。

 進さんによると、病弱で家で過ごすことが多かった哲夫さんは、隣家から聞こえてきた音色に興味を持ってギターを習い始め、習っていた先生が職人にギターを特注した。原爆投下当時、ギターは爆心地から南東に約3キロ離れた広島市旭町(現・南区)の哲夫さんの自宅にあった。塗装は熱で溶け、板は反り返った。

 被爆翌月に父を亡くした哲夫さんは大好きなギターを手に取ることなく、弟や妹のために懸命に働いた。再び弾き始めたのは、進さんが10歳の頃。だが、ボロボロになったギターは押し入れにしまわれたままで、別のギターを弾いていた。

 哲夫さんの死去後、進さんはギターの扱いに困り、しまい込んだままだった。06年、ギター専門店の店主・藤井寿一さん(故人)に話すと、藤井さんは修理を買って出た。外見はそのままに、音を奏でられるまでに修復された。

 「ギターがうれしそうに歌い出した」。スペインのギター奏者タレガの曲「ラグリマ」(スペイン語で「涙」の意味)を奏でたときの思いを語る藤井さんの言葉を、ささぐちさんは忘れられないという。

 「藤井さんがギターに興味を持たなければ、ギターは今も眠り続けていたかもしれない。この本も生まれなかったかもしれない」

 推敲(すいこう)を重ね、8年近くかけてやっと出版のチャンスをつかんだ。「被爆ギターに光をあてたい。存在を知ってほしい」。その一心だったという。幼い頃から原爆体験を話してくれた同居の母の存在も大きかった。

 ケースの中には「大切にして呉れ」と記した哲夫さんのメモも入っている。父の遺品をモチーフにした文学作品が生まれたことを、進さんは喜ぶ。「大切に、ということを実現できた。音を出してもらえれば、より父の思いにつながるかな」。ささぐちさんと進さんは「いつかギターの演奏会ができれば」と願う。

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 小学校中学年以上向き。四六判140ページ。税別1500円。汐文社(03・6862・5200)刊。ささぐちさんのフェイスブックページで被爆ギターの演奏動画も紹介している。(宮崎園子

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