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 東京電力福島第一原発の事故で、地元の福島県大熊町は約1万1千人の全町民が避難を強いられた。事故から9年近く対応に当たった前町長の渡辺利綱(としつな)さん(73)に東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)2号機の再稼働について聞いた。

 ――隣県にある女川原発は福島第一原発から直線距離だと約100キロ。事故のあと、渡辺さんは「二度と私たちのような経験をほかの場所でさせてはいけない」と言っていました。再稼働に向けた動きをどうみていますか。

 「震災前から町長を務めていたので、北海道の泊(とまり)原発から鹿児島の川内(せんだい)原発まで国内の13道県に立地する原発のすべてを視察した。どこも恵まれた場所ではありません。大熊町もそうでした。農業しかなく、『福島のチベット』と言われていました。秋の収穫が終わると男たちは出稼ぎに出た。現金収入が得られる原発はもってこいでした。原発にリスクは必ずある。でも、再稼働するかどうかは地域の人しか決められない」

 ――福島の事故の反省を受け、国は新たな規制基準を定め、女川原発は審査に合格しています。それでもリスクはあると。

 「各地の原発を視察した際、『東京電力はリーディング・カンパニーなので技術力は別格です』と、ほかの電力会社の人たちが太鼓判を押していました。でも、事故が起きた。なぜ非常用電源を浸水しやすい地下に置いたのか。(炉内の圧力を下げる)ベントが遅れて水素爆発も起きた。人災です。『日本人は聡明(そうめい)だ』と思っていましたが、人間がかかわる以上、抜け落ちる点は必ず出る。(原発を担当する)経済産業省の幹部から『電力会社の方がはるかに知見と技術をもっているので我々は追随せざるを得ない』と聞かされたことがあります。国が安全審査をしていますが、現実にはそういう側面もあると思います」

 ――だとすれば、再稼働に反対しないのですか。

 「新型コロナで対策を徹底して人命を守るのか、人々が暮らしていくために経済活動を優先するのかという問題と似ているかもしれません。白か黒かという単純な話ではない。『地域に貢献します』と工場を建て、すぐに撤退する大企業は珍しくありません。でも、原発の場合、それはない。地元への恩恵は間違いなく大きい」

 ――どこまでのリスクを考えるべきだと。

 「事故が起きる危険性は当然ですが、それだけではありません。事故のあと、東京電力以外の電力会社の幹部からこう言われたことがあります。『町長には悪いが、大企業の東京電力だったからよかった。我々が当事者だったら会社はつぶれ、賠償も打ち切りになっていたかもしれない』と。大熊町からの避難者は東電の賠償で避難先に住宅も再建できました。『原発事故から再起したい』という国のメンツもあり、国も東電を支えた。でも、再び原発事故が起きれば、同じようにとは限らないでしょう」

 ――地方が原発に頼る構図は続くと思いますか。

 「同じ地元の双葉町の2代前の町長が、もとは旧社会党の筋金入りの反原発闘士でした。しかし、町長に就任すると賛成に転じた。生前に『なぜ?』と尋ねたら『時代が変わったんだ』と。でも、原発依存の時代は変わると思います。過渡期のエネルギーで長くは続かない。大熊町も震災前から『ポスト原発』を考えていました。原発交付金を呼び水にして企業誘致に取りかかろうとした矢先に事故が起きてしまった」

 ――仮に渡辺さんが今、どこかの町の町長だとして地元に原発誘致が持ち上がったら、推進しますか。

 「誘致はしません。1年5カ月前に地元で役場の業務が再開し、300人近い住民が戻っています。でも、いまも40都道府県に避難している町民の多くは『なんで原発なんか誘致したんだ』と思っているでしょう。町内に(除染で生じた廃棄物を運び込む)中間貯蔵施設をつくる際、土地を売ってもらった年配の人に『戦争のときも大変だったが、家から出て行けとまでは言われなかった。戦争のときよりひどい』と言われた。事故によって、私たちは取り戻せない多くのものを失ってしまった」(聞き手・岡本進)

     ◇

 わたなべ・としつな 農業を営む傍ら、大熊町議、議長をへて2007年から町長。3期務め、19年に勇退した。

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