拡大する写真・図版1932年に大阪市が作った「大阪都制案」=大阪市立中央図書館所蔵

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 住民投票告示(12日)を前に、賛成、反対両派の論戦が本格化する大阪都構想。今から88年前にも同じ名称の「大阪都構想」があった。東京都ができる11年も前のことだが、戦時統制のため帝都・東京を先行させようとした政府の思惑で、商都の都政は日の目を見ることはなかった。

 当時の大阪市が大阪都制案を作ったのは1932年5月。大阪府のうち、当時人口が240万を超え、全国1位だった商都・大阪市域に知事の権限が及ばない独立した大阪都を置き、残りの地域で「浪速県」を新設する内容だった。現在の都構想は大阪市を四つの特別区に分割させるものだが、当時の都構想は大阪市の自治権を拡大して、都に昇格させるという目的だった。

 府県の知事は当時、国が選任する「官選」。しかし大正デモクラシーの高揚を機に、東京、大阪、横浜、名古屋、京都、神戸の国内6大都市で、政府の統制を弱めて大幅な自治権をもつ「特別市制」を求める動きが強まっていた。大阪の都制案もその一環だった。

市長「今が千載一遇の機会」

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