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 北東北の戦国大名、三戸南部氏の拠点だったとされる青森県南部町の国史跡「聖寿寺(しょうじゅじ)館跡」で、柱穴内の石の表面に「罫書(けがき)線」があるのが確認されたと、町教育委員会が9日発表した。これまで福島県伊達市の梁川城跡で確認されたのが最北とされてきた「礎石建物」が、聖寿寺館でも建設されていた可能性をうかがわせるもので、中世の建築文化を研究する上で重要な発見だという。

 町教委によると、罫書線が見つかった石は名久井岳原産で、縦61センチ、横39センチ。表面中心部に1辺15・2センチの正方形が、幅0・3ミリの細い線で薄く刻まれていた。部材を正確に合わせるために記されたとみられるという。

 礎石建物は石の上に柱を据え置いて建てる建物で、寺院などに用いられてきたとされる。これまでは伊達氏の居城だった梁川城跡で確認されたものが最北とされてきたが、今回の発見で、南部氏の居館だった聖寿寺館の敷地内にも礎石建物があった可能性が浮上した。

 町教委は、今回の罫書線の発見について、三戸南部氏の中央との結びつきや権威の強さを物語る証拠とも考えることができるとみている。

 町教委社会教育課史跡対策室の布施和洋総括主査は「今回の発見で、礎石建物の痕跡が一気に青森まで北上した。中世の建築文化を考える上でも重要な発見です」と話した。(横山蔵利)

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