【動画】130年続く牛の行進が人気の神津牧場 群馬・下仁田町
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 群馬・下仁田といえばネギかこんにゃくのイメージだったが、国内最古の洋式牧場があると聞いた。いまも牛たちが生き生きと草をはみ、堂々と行進する様子も見られるという。長野県境の山中を訪ねてみた。

 午後1時ごろ、放牧地に散っていた褐色のジャージー種約90頭が自然と集まり、列をなして車道を歩き出した。威風堂々。肩で風を切るように、牛歩とは失礼と言わんばかりの壮観さだ。標高1千メートル、広さ387ヘクタール(うち牧草地100ヘクタール)の神津(こうづ)牧場に観光客の歓声が響いた。

 「実は見せるための行列ではないのです」と須山哲男場長(70)。歩いていたのはすべてメス。目指すのは数百メートル離れた搾乳場で、人の指示は特にない。「牛たちも時間と道を分かっていて、若い牛もお姉さんやおばさん牛を見習っています」

 牛たちは1日の多くを放牧地で過ごし、たっぷりと草を食べる。搾乳は早朝と午後3時ごろの1日2回。そのため放牧地と搾乳場を2度往復する。牛1頭の歩く距離は年629キロにもなり、放牧地での散策を含むと1千キロにも及ぶという。放牧は4月中旬~11月下旬で、冬は午前中に外で日なたぼっこをし、夜は牛舎で過ごす。

 ホルスタイン種より体格は小さいが、濃いミルクを出すのが特徴だ。運動する分、年間の乳量は1頭あたり5千キロと牛舎で飼うよりも3千キロほど少ないものの、品質は優れているという。牛乳はカロテンや乳脂肪、カルシウムなどに富み、草をたっぷり食べて濃い黄色となるバターは「ゴールデンバター」として人気だ。ソフトクリームは濃厚なのに後味はさわやか。

 オスや子牛を含む計約200頭のジャージー種すべてがここで生まれ、山の中に放たれて育つ。メスは自力で出産。生涯に9回産む牛もいる。オスは体重550キロほどになると肉牛として出荷される。そうした営みが約130年続いているという。

 牧場の始まりは1887(明治20)年。福沢諭吉のもとで学んだ当時22歳の神津邦太郎が、現在の長野県佐久市の実家近くのこの山を開墾し、牧場を開いた。中国・上海への留学で欧米人に接し、「日本人の体格を良くしたい」と考えたという。

 試行錯誤しながら放牧した。電気がない中で蒸気機関を使ってバター作りに励み、近くの軽井沢の外国人らに「神津バター」として評判になった。

 しかし、規模拡大や理想を追い求め過ぎて赤字に陥り、事業を手放すことに。経営者は銀行家や食品会社へと移り、1945年から財団法人、2013年から公益財団法人となった。

 ただ、「草と牛は一体であり、草を作って牛を育て、草を乳に換える」という創業者の信念は脈々と受け継がれてきた。

 須山場長は言う。「技術とブランド力を作ったのが神津邦太郎の最大の功績。だから時代が変わっても『神津牧場』の名は残ったのだと思います」(張春穎)

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 神津牧場 群馬県下仁田町南野牧250。上信越道下仁田インターチェンジから車で40~50分。国道254号の牧場入り口の看板を右折し向かうのがスムーズ。入場・駐車無料。問い合わせは牧場(0274・84・2363)。

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