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北岳肩の小屋・3代目小屋番 森本千尋さん(40)

 登山者が来ない北岳の秋は、静かに更けていく。山頂(3193メートル)まで1時間弱のところにある山小屋「北岳肩の小屋」の3代目の小屋番として、その様子を見守ってきた。

 例年ならば、登山シーズン終盤の多忙な時期。今年は新型コロナウイルス対策で登山道が閉じられたため、時折1人で上がっては、小屋の維持管理と登山道のパトロールをするのが仕事だ。

 「こういう風になって思うのは、山小屋は公共機関の一つであるということ。登山道は、手入れをしなければすぐに通れなくなってしまいます」

 登山道を行き来する時はのこぎりと針金を締める工具を持ち歩き、壊れた道を補修しているという。長雨の後はあちこちで道が流されている。流れを止めて石を組み、土を入れた後、階段のように足場となる石を置く作業を1人でこなす。

 小屋でも屋根や柱を補修し、崩れた石垣を積み直した。「1人で石を数千個は運んだ。もう見たくないほどです」

 小屋周辺では野生動物が増えた。テント場に鹿の足跡がたくさんついていた。日中はサルの群れが近寄ってくる。人がいなくなれば自然が守られるということでもないらしい。国内有数の高山植物の群生地が食害にあうのではないか、ライチョウの生息地の環境が激変してしまうのではないかと心配している。

 63年前に小屋を開いた祖父の録郎さん(故人)、父の茂さんに続き、小屋に入ったのは24歳の時だった。

 北岳のふもとの集落、山梨県南アルプス市芦安芦倉で生まれ育ち、高校では駅伝部、大学では山岳競技に打ち込んで国体にも出場した。学生時代のアルバイトは、ファミリーレストランの調理場。山小屋に入った時に調理経験が役立つという気持ちがあった。

 大学卒業後は自衛隊へ。それも、ゆくゆくに備えて体を鍛えることが目的の一つだったという。

 「だけど、山自体はそれほど好きではなかった」。本当に好きになったのは、小屋で働き始めてから。そこに集まる登山者からいろんな話を聞き、まだ見ぬ遠い山への憧れが膨らんだ。

 「それと、良さの一つは無になれるところ。山を歩いている時は何も考えていないですから」

 下山中は、北岳を忘れてほしくないと精力的に動いている。オンラインショップを7月に開き、オリジナルTシャツなどを販売する。コロナ禍で山小屋を応援してくれる人への返礼品として「スペシャルサンクス」手ぬぐいも作った。予想以上の反響と売れ行きに驚いている。

 「多くの人が応援してくれている。来シーズンへの思いが強くなりました」

 稜線(りょうせん)では、9月初旬にはウラシマツツジやナナカマドの実が赤くなった。紅葉が山を駆けおりて、広河原周辺が赤く染まるのは例年10月末だという。

 そうこうしているうちに稜線では雪が舞い、根雪になって、北岳は容易に人を寄せつけない山になる。(吉沢龍彦)