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 「無名の投手がプロ注目打者2人を三振に取った」――。そんな衝撃的なニュースが飛び込んできたのは、8月に甲子園であった「プロ志望高校生合同練習会」のことだった。一気に全国区となった男の投手歴、わずかに1年。その名は精華(大阪)の松木平(まつきひら)優太という。

 「僕が行ける場所じゃないと思っていた」という甲子園のマウンドで快投を披露した。

 8月にプロ志望提出届を提出して臨んだ甲子園練習会。龍谷大平安(京都)の奥村真大、中京大中京(愛知)の中山礼都とプロ注目の2選手から連続三振を奪った。途端に周囲は騒がしくなったが、「緊張し過ぎてあまり覚えていない。捕手のミットだけを見ていた」と笑う。

 決して野球エリートではない。今夏の府の独自大会は2回戦敗退。昨冬から今春にかけて退部者が相次いだ影響で、部員は一時8人になった。コロナ禍で新入生の合流も遅れた。苦しいチーム状況のなか、主将を務め、4番を打ち、絶対的エースだったのが松木平だった。

 2年春までは主に二塁手や三塁手で、投手転向も上級生の主戦投手の故障がきっかけだった。蔭山淳監督は「キャッチボールを見ていて『松木平、ええ球放ってたな』と。センスもある子ですから」と転向させた。

 転機はすぐに訪れた。投手転向から約1カ月後にあった練習試合で数イニング登板。相手チームに所属する選手の視察に訪れていたプロ野球のスカウトの目にとまった。周囲を通じてスカウトの評価を知り、初めてプロを意識するようになった。

 プロ入りが現実的な目標と変わったのが、今夏にあった履正社(大阪)との練習試合だ。昨夏の日本一チーム相手にそれまで最速139キロだった直球が、一気に145キロを計測した。「自分の成長を感じられた一番の試合」と話す。

 178センチ、70キロ。最大の武器は、ムチのようにしなる右腕から繰り出す直球だ。最速は145キロだが「スピードではなく、キレで勝負したい」と力みのない投球フォームが特徴。大学まで野球部で捕手だった筆者も投球練習を受けさせてもらった。見た目以上に角度のある所からリリースされた直球は手元で伸び、ミットの芯で捕るのに難儀した。

 松木平にはプロ入りを切望する理由がある。幼いころに母親を亡くし、祖父母に育てられた。祖父の正弘さんは昨年他界。祖母の栄子さんも高齢のため親戚の家に移り、現在は姉と2人暮らし。栄子さんは線の細かった松木平を心配し、1日計8合の米を炊き、三つの弁当を用意してくれた。そのおかげもあり、昨年から体重は10キロ以上増えた。

 栄子さんの転居後も近くに住む親戚に食事面でサポートを受けているという。「支えてくれる人がいなかったら、野球を続けられなかった。プロのマウンドで投げる自分の姿を見せて、恩返しをしたい」と決意を語る。

 「出来るだけ迷惑はかけられない」とユニホームだけは自分で洗濯してきたという。部員が一時8人となった際も先頭に立ってチームを鼓舞してきた。蔭山監督は「本当によくできた男。頭が下がる」と目を細める。「支配下でも育成でも気にしない。入ってからのし上がる」と語る剛腕は、静かに26日のドラフト会議を待つ。(河野光汰)