拡大する写真・図版中国湖北省・武漢の漢口駅で、スクリーンを見つめる警備員=4月8日、ロイター

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中国国鉄 職員総動員の「疫戦」

 新型コロナウイルスの流行の起点となった中国・湖北省武漢市に、吸い込まれるように消えた市民記者がいる。弁護士資格も持っていた陳秋実(チェンチウシー)(35)だ。個人として現状を報告しようと、北京から高速鉄道で現地に乗り込んだ。

 「1月24日15時23分北京西G521→孝感北→漢口」。陳のツイッターには切符の写真が残る。東京―博多間とほぼ同じ1200キロを約6時間で走った。午後10時過ぎには、世界で初めて都市封鎖を宣言した武漢市の駅前からネット経由でリポートした。

 その後、病院や街のリアルな状況を伝えていた陳だが、2月6日を最後に、自らの発信が途絶えた。管理できない報道を嫌った中国共産党・政府によって拘束されたとみられている。

拡大する写真・図版陳秋実。湖北省武漢で2020年2月、市民記者を名乗って新型コロナウイルスの現状をネットを通じて独自に発信していたところ、消息が途絶えた=陳秋実のツイッターから

 中国における感染症研究の泰斗、鍾南山(チョンナンシャン)(83)も1月、広州から高速鉄道で武漢に入った。座席がとれず、食堂車内に座って赴いた。鍾のチームの調査結果を受け、中国政府は人と人との間の感染をようやく認めた。

 歴史を振り返ってみると、清朝末期の1910~11年にかけて、シベリアから拡大したペストが旧満州で流行した。『感染症の中国史』(飯島渉著、中公新書)によれば、またたくまに広がった背景には「鉄道網の整備」がある。

 三国志で知られる長江中流の武漢は、交通の要衝である。「発展こそが絶対的な道理である」。改革開放に舵(かじ)をきった実力者、鄧小平(トンシアオピン)が92年初めの南方視察で、この有名な言葉を残した場所は、武漢・武昌駅のホームだった。

 その後の経済発展で、中国は世界最長3・5万キロの高速鉄道網に象徴される交通網を張り巡らせた。だからこそ、今回、武漢の封鎖は必須だったのだ。

欧州、ラオス、タイ、香港と、さまざまな思惑を込めて広がり続ける中国の鉄道。一方で、「高速鉄道はいらない。ほしかったのは中国の人たちだけ」との声もあがっています。豊富な写真とともに現地の様子を報告します。

 「コロナと鉄道」は切っても切…

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