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 【1997年11月10日夕刊8面】

 ポップス界最大のヒットメーカー筒美京平が作曲家生活満三十周年を迎える。グループサウンズからアイドルまで幅広く提供した約三千曲の中でナンバーワンヒットが三十七曲、レコード大賞など受賞多数。マスコミにはほとんど登場せず裏方に徹してきた「ヒットの職人」に話を聞いた。

 (文・篠崎弘、写真・御堂義乗氏)

  

 ――一九六九年に大ヒットした「ブルー・ライト・ヨコハマ」以来、七〇年代は筒美作品の独壇場でした。尾崎紀世彦「また逢う日まで」、平山三紀「真夏の出来事」、南沙織「17才」、郷ひろみ「男の子女の子」、中原理恵「東京ららばい」、ジュディ・オング「魅せられて」……。

 「最高で月に四十五曲くらい書きました。レストランははやっていないとダメ。材料が落ちる。職業作曲家も同じ。注文が来れば来るほど、いい仕事ができる」

  

 ○「一つの方向」終わる

 ――この三十年にはフォークやシンガー・ソングライター、バンドのブームがあり、演歌やアイドル歌手の間にも自作自演を目指す機運が生まれて、作曲家の仕事場は狭くなる一方でした。

 「陽水さん、拓郎さんが現れたフォークブームは脅威でした。でもヒットを作る自信はあったし、その通りになってきましたね。シンガー・ソングライターは芸術家。僕は職業作曲家だから」

 ――時代をつかみヒットを出す秘けつは?

 「時代は『何となくわかってい…

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