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 将来の夢は「お母さん」。子どもが好きで保育士になった東京都世田谷区の橋本美穂さん(29)は今年2月、長男の真永(まなと)さんを1歳と5カ月で亡くした。生まれた時から人工呼吸器を外すことができなかった息子。それでも「寂しいけれど、後悔はしていません」と語る。

 突然の出来事だった。

 妊娠が臨月にさしかかったころ、日課の散歩に出かけていて違和感があった。「いつもはおなかの子が痛いぐらい蹴ってくるのに、今日は全然蹴ってこない」

 心配になって病院に向かうと、すぐに緊急帝王切開になった。でも、生まれてきた赤ちゃんの産声が聞こえない。

 低酸素性虚血性脳症と重症新生児仮死と診断された。脳に血液が行き届かず、低酸素状態になったのが原因という。赤ちゃんは生まれてすぐに蘇生処置がされたが、医師から後に「脳死に近い状態」と説明を受けた。

 「ショックでした。事態があまりにも速く進んで、自分のこととは思えなかった」と美穂さんは振り返る。

 いざというときの延命処置をどうするか。病院から判断を求められて、夫で高校教諭の広大(こうだい)さん(35)と何度も話し合った。息子にとって何が幸せなのか。そもそも息子は何をしたいんだろう――。

リビングの壁に、やりたいこと五つ

 子どもが好きで、将来の夢はお母さんだった美穂さん。「できるだけ母乳で育てて、一緒にお散歩をして、といった子どもが生まれたらやりたかったことは何一つできない」

 ある日、緩和ケア科の主治医にそんな思いを伝えると、「なんでもやったらいいよ、協力するよ」と返ってきた。「それまではできないことばかりを考えていたけれど、やりたいこともやっていいんだ」と考え直したという。

 病院の新生児集中治療室(NICU)で、赤ちゃんの周囲を飾って写真に仕立てる「寝相アート」を撮影した。誕生100日目にはお食い初めもした。材料はフェルトなどで自作したものを持ち込んだ。

 真永さんは寝たきりで、言葉を発することはできないが、目を大きく見開くなどして意思を伝えようとしているように感じた。お食い初めなど家族で撮った写真には、うれしそうな表情で映っている。

 約7カ月の入院生活を経て自宅へ。人工呼吸器の管理やたんの吸引、経管栄養、導尿など、入院中は看護師が担ってくれていた医療的ケアは家族で一手に引き受けることになった。しかも、3時間おきにケアが求められ、美穂さんは眠れない日々が続いた。それでも「自分自身の手でケアをできることがうれしかった」。

 昨年の夏。美穂さんはリビングの壁に「夏休みwishリスト」を貼り出した。やりたいこととして掲げたのは、五つだ。

 ①砧(きぬた)公園でシャボン玉をする!

 ②ライフまでお買い物に行く!

 ③大きいお風呂に入って…

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